高校生に伝えたいほんとうの情報科学

計算する機械をつくる

コンピューターアーキテクチャとは、計算する機械、つまり計算機(コンピューター)そのものを作るための学問分野です。ここでは、コンピューターの3つの重要な性質、「計算の実体」「計算する機械」「計算の万能性」を手がかりに、コンピューターを作るとはどういうことなのかを考えてみましょう。

計算する実体

最初に、以下の式について、0≦x≦5のときのxとyの関係をグラフ化する方法を考えてみます。

y = x 2 - 5 x + 6

私たちは、因数分解によってy=0の方程式の根がx=2および3であること、微分した式2x + 5=0から、グラフの頂点座標を計算し、その3点を通る2次曲線を描けます。この場合、私たちが四則演算や因数分解の法則を使って答を得るのですから、計算をしている実体は私たち人間です。

計算機械

計算機とは、機械がプログラムやソフトウェアの計算と手順を決める操作を担当することにより、文字や記号の羅列にすぎないプログラム、ソフトウェア、理論に実体を与え、結果を得られるようにするものです。

計算する機械のアイディアは古くからありました。実際、そろばん、計算尺、手回し式計算機によって、四則演算は大幅に高速になっています。しかし、計算する機械に本質的変化をもたらしたのは、計算手順を指示するという形で計算の様相(ありさま)を機械化したチャールズ・バベジの解析機関でした。バベジはこの解析機関が未完のうちに世を去りましたが、今日の計算機の概念の基礎がこれによって完成しました。知の機械化への第一歩です。

機械仕掛けの計算は、演算1つに数十秒を要すほど遅いものでしたが、演算の実現手段が蒸気機関から電磁石へ、さらに真空管、トランジスタ、集積回路へと進歩した結果、今日では1個の計算機で1秒間に100億回を超す演算が可能になっています。

計算の万能性

次の興味は、機械がどのような計算や情報処理まで実現できるかです。英国の著名な数学者・計算機科学者アラン・チューリングは、1936年にチューリングマシンと呼ばれる概念上の計算機構を提案しました。もし計算時間が無限に長く、かつ記憶容量が限りなく大きければ、計算可能なすべての問題はこのチューリングマシンで解が求まると考えたのです。

チューリングの仕事は、以後の計算機システムとその作り方に決定的な影響を与えました。すなわち、チューリングマシンが計算可能な問題すべてを計算できるような構造さえあれば、あとは計算速度(1秒間に何回計算できるか)とメモリ容量をできるだけ大きくすることだけが解ける問題を決めるからです。コンピューターにはそれ以外の個性はほとんどありません。これを「計算の万能性」と呼んでいます。

さて、一説によると、人間の大脳の情報処理能力は1から10 Zflops*(1秒間に10垓から100垓回の浮動小数点演算を行う)と見積もられます。すなわち、現在最も高速なスーパーコンピューターの1万倍から10万倍の性能を達成し、人間に並ぶことが、コンピューターアーキテクチャの最大の目標となっています。この目標は非常に大きく、実現は困難と感じるかもしれません。けれども、過去50年間で1億倍の高速化を果たしてきたことを考えれば、実はそれほど大きな数字ではないのです。その性能が実在可能なことは、生きている人間の頭脳という証拠があるのですから、必ずや実現できるにちがいありません。そのとき、計算の万能機械はどのような知を実現するでしょうか。

* Z(zetta、ゼタ/ゼッタ、10垓)は10の21乗の量を示す。1Zは1000×1000×1000T(tera、テラ、1兆)、1000×1000P(peta、ペタ、1000兆)、1000E(exa、エクサ、100京)である。

パラメトロン素子。理学部情報科学科創設の中心となった後藤英一が、大学院生時代に発明した日本発の論理素子。東京大学で最初に完成したコンピューターPC-1や、商用のコンピューターに使われた。

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