平木研究室 助手さんアンケート


回答者:松本助手

Q 現在、どのような研究をなさっていらっしゃるのですか?

システムソフトウェアを含むコンピュータアーキテクチャの研究をしていま す。最近は並列処理分散処理を行う計算機システムに関する研究が主なもの になっています。より具体的には、ワークステーションクラスタ用の汎用オ ペレーティングシステムSSS-COREの研究開発とGigabit Ethernetをベースと した汎用通信LSI Memory-Based Processor II (MBP2)の研究開発を行って います。

SSS-COREは1994年から開発を開始した汎用スケーラブル オペレーティングシステムであり、ブートコードやデバイスドライバから シェルまでをすべて独自開発した オペレーティングシステムです。1992年に私が考案したメモリベース通信を ethernetベースのネットワークにおいて実現した、MBCF (Memory-Based Communication Facilities)が実装されており、従来のオペレーティングシ ステムのTCP/IP通信と比べてずっと低コストで通信が可能になっています。 また、MBCFを活用してワークステーションクラスタにおいて共有メモリベー スの並列プログラムを効率良く動かす環境を提供できます。 MBCFはセキュリティや安全性の面でTCP/IPに劣らず、性能的には圧倒的に 上回る通信方式です。といってもコンピュータの世界では良い物が 流行すると決まっていません。そこで、MBCFを普及させるためにその テストベッドであるSSS-COREの完成度を上げ、一般ユーザが使えるオペレー ティングシステムにするべく努力しています。オペレーティングシステム自 体としても自己責任によるマイグレーションやシステムの使用状況を低コス トで情報開示するインタフェース等の他のオペレーティングシステムにない 特色を持っています。というより自分のイメージに忠実なオペレーティング システムを開発するためにスクラッチから開発しました。 もっと詳しく知りたい方は http://www-hiraki.is.s.u-tokyo.ac.jp/ssscore/index-j.html を御覧下さい。

MBP2は、メモリベース通信を行うハードウェアとして 1992年に考案したMemory-Based Processorを、gigabit ethernet等の 比較的粒度の大きい汎用パケット通信ネットワークを対象として 設計しなおした物です。そして、機能的にはSSS-COREに搭載されている MBCF通信機能と等価です。SSS-COREにおけるMBCFは、汎用のネットワークインタフェ ースを使ってデバイスドライバとネットワークプロトコルルーチンとして 純ソフトウェアで実現されています。MBCFは他の通信方式と比べて機能的に同等以上 であり、性能的には他を圧倒しています。しかし、MBCFのファームウェアを オペレーティングシステムに実装するためには システムのメモリ管理と非常に密接なコードを開発する必要があります。 このため、SSS-CORE以外のオペレーティングシステムにMBCFを実装するのは それほど容易なことではありません。そこで、MBCFを実現するハードウェアと ファームウェアをネットワーク通信カード内に実装してしまって、オペレーティング システムとは無関係にMBCF通信機能を実現してしまおうというのが、 MBP2研究開発を始めた動機です。さらに、MBP2を魅力あるものにするため、 MBP2はTCP/IP、UDP/IPといった従来の通信プロトコルを高速化し、 プロセッサの通信処理に関する負荷を大幅に軽減します。また、ビジネスや セキュリティ対策で重要になると思われる実時間で 暗号通信行う機能もMBP2に搭載されます。 MBP2開発のための補正予算が獲得できたので、 現在プロトタイプを作製中であり、年内にはLSIの作成を行う予定です。

Q 研究室で行われているプロジェクトについて教えて下さい。

汎用スケーラブルオペレーティングシステムSSS-CORE関連で、 最適化コンパイラの開発と高速通信インタフェースMPI/MBCF の研究開発を行っています。

共有メモリ並列プログラムを共有メモリ用ハードウェアがない並列環境にお いても効率良く実行可能にする最適化コンパイラRCOP (Remote Communication OPtimizer)を研究開発しています。 共有メモリ型並列計算機もしくは分散共有メモリ型並列計算機は 複数のプロセッサがアクセスする共有データを効率良くキャッシュする ハードウェアを持っています。それに対して、RCOPでは、1996年に松本が 考案したADSM,UDSMと呼ばれるキャッシュをユーザレベルで ソフトウェアシミュレーションして、そのオーバヘッドと付随する通信オー バヘッドを最小化するというアプローチを採っています。RCOPを共有メモリ 並列プログラムに適用するとキャッシュをエミュレーションするコードを含 み、通信やキャッシュエミュレーションのオーバヘッドを最小化したコード に変換されます。変換された後のコードでは通信は大きな粒度(サイズ)に なっていますので、汎用の通信ネットワークでもMBCFのような低オーバヘッ ド通信方式を用いれば、効率良くコードを実行することができます。

MPI/MBCFは文字通りMPIをMBCFを使って高速に実装する研究です。 これに関してはほぼ研究開発が終っており、同一ハードウェアを 使ってMPI/MBCFとMPICH(MPIの標準実装)の性能評価も行われています。 MBCFのオーバヘッドの低さから、MPI/MBCFのレイテンシはMPICHよりも 大幅に低くなっています。スループットやシステム全体の性能も多い物では ノード数8台で数十パーセント上回ります。

ハードウェアの研究開発としてお茶の水5号とお茶の水7号があります。

お茶の水5号は軽いハードウェアで分散共有メモリ型並列計算機を 実現する方式を研究開発したものです。 お茶の水5号は2 CPUとメモリが載った4枚のCPUボード と1枚のネットワークボードから構成され、8 CPUの並列計算機を形成してい ます。プロセッサチップ周辺は市販のプロセッサモジュールを用いていますが、 それ以外のCPUボード内のバスおよびメモリ周辺、それにネットワーク関連 のすべては、独自に設計し実装しています(プリント基板のレイアウトも自 分達で行っています)。階層型ネットワークを使って効率良くキャッシュプ ロトコルやリダクション演算を行うために、一般化されたコンバイニング機 構というものを考案し、お茶の水5号に実装しています。大学で作られたマ シンではありますが、製作者の田中清史君の実力のおかげか、完成して 少し経ちますがちゃんと安定して動き ます。スピードもシステムクロックが22MHzで、CPUクロックが SuperSPARC+プロセッサの規格上限の60MHzであり、 製作開始が5年ほど前であったことを考慮すると、並列計算機システムとし て十分な性能が実現されています。

お茶の水7号は1996年に松本が考案したMemory String Architecture(MSA)に 基づく計算機のプロトタイプです。MSAは、元来チップ内のメモリバンド幅の 大きさと高速シリアル通信を活かして、プロセッサのフォンノイマンボトル ネックの解消と、自由な構成の計算機を容易に組み立てるための枠組です。 MSAを検証するためには通信層(HW,SW)、 メモリ管理(オペレーティングシステム)、キャッシュの振舞い、 アプリケーションコード自体、複数ジョブの実行による資源の競合 といった様々なレベルの様々な事象をシミュレーションする必要がありま す。ソフトウェアのみで作られたシミュレーション環境では能力的に とても手にあまりそうです。そこで、汎用プロセッサを使用して、 LSIとして実装された場合の10分の1程度でアプリケーションが実行できる プロトタイプを開発するとともに、複雑なシステムをシミュレーションする ための方法論を調べようとしています。

もう一つの大きな研究テーマとして投機実行をハードウェアとソフトウェア の両面で研究しています。我々がターゲットにしている投機実行は主にルー プを対象としており、分岐予測やメモリアクセス投機や コード複製といったテクニックを駆使して、ループを回る方向に投機的に 実行を行うことでプロセッサの内部実行並列度を増したり、並列実行可能な コードに変換したりしています。ハードウェアの研究では、1チップマルチ プロセッサを対象として、投機実行のための コード変換はチップ内でハードウェアが行うことで、コードのバイナリコン パチビリティを守るアーキテクチャを研究しています。スーパスカラアーキ テクチャの次にくる商用プロセッサ用のアーキテクチャとして有望であると 我々は考えています。ソフトウェアの研究ではコンパイラで投機実行をサポ ートするコードに変換する研究や中間コードを持った言語ではVMレベルで投 機実行を行う研究を行っています。

その他にも、高速光通信用インタフェース、Gigabit通信インタフェース、 ハードウェアアルゴリズムのテストベッドであるHAB-IIの開発、HAB-II上で の各種ハードウェア実験を行っています。

Q 所属していらっしゃる研究室ならではの特徴がありましたら、教えて下さい。

平木先生は基本的に自由放任主義ですので、何かやりたいことがあれば たいていのことはやれます。あと、計算機システム自体と効率や性能に 興味のある方にはうってつけの研究室だと思います。 スケーラブルオペレーティングシステムの研究をしているため、 Sunのワークステーションがたくさんあります。独自オペレーティングシス テムを作ってみるためのハードウェアには不自由しません。 また、ハードウェアを設計作成するためのCADもCadence, Mentor, Synopsys,図研そして学科のViewlogicとへたな企業よりも品揃えが豊富です。 物作りなら企業に行ってやればいいと思うかも知れませんが、企業では そんなに自由な研究開発はできません。私の経験では日本においては 平木研のような場所が一番小回りが効いて物作りが自由に行えます。 もちろん、自分で会社を起こすと言うような手もありますが、会社を維持す るための活動で忙殺されてしまうでしょう。

Q 研究室を目指す学生にひとことお願い致します。

日本発のアーキテクチャやオペレーティングシステムを作製して普及させる という一種の「世界制服」に興味のある人に来て欲しいです。 もちろん、世の中に普及させるためには性能や機能といった技術的な面より も政治的な面や宣伝が重要になります。しかし、もし計算機システムの研究 が学問として生き残っていくのなら、まったく洗練してないアーキテクチャ やセキュリティも性能もめちゃくちゃなオペレーティングシステムがはびこ っている現状を変えていく必要があります。その一翼を担ってみようと思う 元気な(ある意味では馬鹿な)人が仲間に加わってくれると嬉しいです。 ともかく計算機が好きな人が来てくれることが私の望みです。

Q 情報社会についてひとことお願い致します。

情報はますます氾濫し、コンテンツの善し悪しが利益の源泉となる社会に なっていくでしょう。つまり、情報や計算機の原理を知っていてもあまり 利益や新製品開発とは結びつかなくなって行くでしょう。新しいアプリケー ションの開拓は続けられるでしょうが、パッケージソフトはどんどん高度に なっていき、プログラムを開発する(カスタマイズではなく本当に作る)ような 人はどんどん小数の人に集約して行くでしょう。 一方、新しいシステムやハードウェアを考える人が活躍できる場は、 新しいメディアや通信手段や情報処理機器が開発された場合に、世界標準の 特許やチップを開発する場合のみになっていくと思います。 こういう状況でプロセッサやオペレーティングシステムや通信プロトコルと いった情報のインフラがほとんどアメリカによって押さえられてしまってい ます。インフラはアメリカにまかせてコンテンツ作りを担当しようというの も一つの考え方ですが、情報科学科の卒業生の中から情報インフラに影響を 与えるような人材が現れることを期待しています。

 

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Last updated on 29 May, 1999