情報科学科の先輩に聞く!

第2回 創業のころの苦戦苦闘

マンガ喫茶で生まれたコアエンジン
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――開発はどんなふうに進んでいったのですか?

岡野原 アカデミックには2000年くらいからアイデアがあったけれど、あまり実用化されていませんでした。そこで、「やってみようかな」とマンガ喫茶に泊まり込んで試しに作ってみたら「動いた!」って感じ(笑)。でも、僕が作ったものはまだ一般の人が簡単に使えるようなシロモノではありませんでした。PFIのメンバーにはプロダクト開発の経験者もいたので、協力しあいながら製品にしていったわけです。

西鳥羽 最初のバージョンは、西川がシステム全体を設計し、岡野原がコアエンジンを担当、僕は他のメンバーといっしょにサーバーの部分を担当して、開発が進みました。コアエンジンは、岡野原以外は手を入れられない。

岡野原 よくあることですが、論文に書いてあるとおりではうまく動かないんです。アルゴリズムもすごく複雑でしたし。+1したり-1したり、押したり引いたりで動かしました。

西川 インデックスデータをメモリに置くのにも、それまでと違った工夫がいります。当時は1台のサーバに8GBくらいのメモリが一般的でしたが、8GBでは容量が足りませんし、データが増えたときもサーバを継ぎ足すだけで柔軟に対応できるようにしたい。そこで、自動的に複数のコンピュータで分散検索ができる仕組みを作りました。いまはコアエンジンも変わって、SSDを利用するようになっていますが、基本的な設計コンセプトは受け継がれています。

西鳥羽 設立1年目は開発にあてるつもりでした。でも、製品は夏ぐらいにはできましたね。開発期間は半年くらいで、意外と早かった。