情報科学科の先輩に聞く!

情報科学科OB座談会「情報のグローバリゼーション」世界が舞台のスゴイ先輩たちが語る“モノ作り”の世界

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第1回 僕らの情報科学

バイトに明け暮れた日々
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――アルバイトはやっていましたか?

飯沢 そうはもう。UNIXの移植は先輩の金崎克己さん(情報科学科1期)がコンパイラを作って、僕がアセンブラを作ってと分担してやっていたのですが、その金田さんがリコーに入社したんです。それでアルバイトに行くようになって、僕は博士課程3年間、リコーでデータベースシステムのカーネルを書いていました。それで、そのまま入社したんです。

清水 僕も博士課程の時にはバイトばかりしていたな。

鎌田 僕は大学院の入学金と授業料を自分で作らなくてはならなかったから、学部時代からアルバイトに精を出していました。プログラミングのアルバイト、当時はけっこう割のよいのがあったんです。よく秋葉原に行ってバイトを探していたんですが、あるとき「8ビットパソコン用のプログラミング言語を作れば売れるのではないか」と思いついて、LOGOを作りました。そうしたらうまいこと売れて。ソフトウェアビジネスは意外と簡単にいけると勘違い(笑)、起業してしまったんです。それで会社をやりながら、修士2年、博士3年を終えました。

清水 あれ? 鎌田さんは会社をやっていたのに研究も続けたの?

鎌田 そうなんですよ。意外にも、ちゃんと博士課程を出ています。

清水 それはすごいな。

鎌田 当時の研究室はおおらかで、あまり登校しなくても大丈夫でした。それと、論文は自分なりに作戦を立てましたね。当時は修士論文も博士論文も大きなテーマに果敢にチャレンジする傾向でしたが、僕はまだ論文が少なかったグラフィックス分野を選びました。博士論文は、グラフ描画のアルゴリズムです。僕はアルゴリズムを考えるのが好きで研究を続けたい気持ちもありました。起業していたので無理だったんですけれどもね。