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第2回 オープンソースソフトウェアを開発

プロフィール
Sun Microsystems|川口耕介さん(情報科学科22期)

Sun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)は、UNIXシステムやJavaの開発元として有名な米国のコンピュータメーカー。川口さんは、2001年にSun Microsystems入社、XML、Webサービスや開発ツールなどを開発してきた。現在はオープンソースソフトウェアの開発に携わっている。

Sun Microsystemsに入社するまで

学部生時代(1998年)に、有限会社Swiftを設立。XML関係のソフトウェアを開発する。2001年にSun Microsystems入社。XMLのスキーマ言語に関するソフトウェアなどを開発。
2002年、コーネル大学大学院で修士号を取得。
2003年にSun Microsystemsに復帰、現在に至る。

先輩に5つの質問!

—Q1:学部生時代はどんなふうに過ごしましたか?

 中学生の頃から計算機のプログラミングをやっていたので、情報科学科は自然な目標でした。とにかく、プログラムを書くのが楽しくて楽しくてしようがなかったのです。

 情報科学科の時に一番おもしろかったのは、計算機を作る演習授業(情報科学実験II:通称CPU実験)です。僕はCPUの設計を担当しましたが、ソフトウェアを書くのとは似て非なる分野で、大変楽しかった。演習で、MLやPrologのような、仕事では絶対に使わない言語に触れる機会ができたのも、よかったですね。こうした言語の知識が意外にいまも役立つのですから、不思議なものです。

 学部3年生の時、僕は、友人・知人と会社を設立しました。根津に仕事場兼住居を借りて、大学と会社を往復する毎日でした。会社の同僚も年齢が近く、仲間でわいわいやる感じで、とても楽しかったです。

—Q2:院生時代はどんなふうに過ごしましたか?

 僕の場合は、2000年3月に学士で卒業です。

 卒業論文は、仕事でやっていたことをネタにささっと仕上げてしまいました。邪(よこしま)な心ですみませんでした。

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 しかし、縁は奇なものです。その卒論を「どこかで発表してこい」と萩谷先生にすすめられ、その発表の場で村田真さん(当時IBM)と知り合いました。その村田さんにアイデアを吹き込まれ、いわば勉強用に作ってみたソフトウェアが、XML界の重鎮でSun MicrosystemsにいるJon Bosakという人の目にとまり、「Sunで働かないか」とオファーをもらうことになりました。

—Q3:なぜ海外で就職したのですか?

 Sun Microsystemsからのオファーは、ある日突然メールで舞い込みました。それから電話で数度話しましたが、採用試験は特になく、入社が決定しました。すでに僕の書いたソフトウェアを見ているわけですから、それで十分だったのでしょう。

 僕は、アメリカで生まれていることもあり、「一度は海外に行け」と親から言われて育ちました。海外で働くことには、もともと興味と意欲を持っていたのです。けれど、実際に引越しをして出社するまで、会社の人の顔を見たこともなかったし、出発する直前に結婚もしました。いま思い起こすと、向こう見ずにも程がある、と我ながらあきれます。

 Sun Microsystemsに行くことになって、自分たちの会社を解散せざるを得なかったのはもったいなかったです。けれど、「これも縁」と決断しました。

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—Q4:いまはどんな仕事をしていますか?

 現在は、オープンソースソフトウェアの開発に携わっています。ソフトウェア開発には、作ったものに、たくさんの人が無限に使えるという性質があり、世界一を目指して戦うおもしろさがあります。この点が、作った一品を無限にはコピーできないレストランのシェフと違うところであり、厳しいところでもあります。

 また、世界中のいろいろな人がユーザーになります。この、世界を股にかける感覚、自分が世界で通用するという自信が、ソフトウェア開発の醍醐味のひとつです。

 これに加えて、オープンソースソフトウェアの開発は、会社に所属していても、技術者個人が前面に出られる分野でもあります。有名になる、というのとは少し違いますが、プロジェクトが個人の繋がりを基盤に成立している部分も大きく、いちど築いた自分の価値は、簡単にはゆらぎません。自分のアイデンティティを意識しながら、ユーザーの満足にも貢献できる。そんな素朴な職人的な喜びも楽しみながら、いま仕事をしています。

—Q5:情報科学科で学んだことは役立っていますか?

 僕の仕事はソフトウェアを書くことなので、狭義に考えると、情報科学の「科学」的な知識は役に立たないのではないか、と思う方があるかもしれません。実際、プログラムの書き方はあまり教えてもらいませんでした。

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 けれども、実際に社会に出てみると、大学で学んだ計算機科学の基礎知識が、知の“基礎体力”になるのです。ちょうど運動選手の筋トレのようなものでしょうか。具体的な問題を適切に抽象化する力、目前の問題と先人たちの研究のつながりを見つける力、あるいは細かい具体的な知識をささえる骨格のようなもの……僕が情報科学科で学んだのは、そういった基本の力です。

後輩たちへのメッセージ

 僕はいわゆる「シリコン・バレー」で仕事をしています。

 同僚たちはとても国際色豊かです。アメリカ人としてイメージされるような白人はむしろ少数派で、さまざまななまりのある英語が飛び交い、またそれぞれが固有の文化を持ち寄ってくるので、「ギャップはあるのが当たり前」という感覚で生活しています。このような多様性のある環境を、気に入っています。(唯一の不満は食事です。渡米してもう8年以上経つのに毎日日本食スーパーに通ってます。)

 このような環境ですが、残念なことに、こちらの技術者で日本人は極少数派です。後輩のみなさんの中から、「包丁一本さらしに巻いて」の心意気で渡米する人が登場することを、楽しみにしています。