情報科学科の先輩に聞く!

現役学生OBインタビュー「先輩たちの仕事の原点」各界で活躍する先輩たちが教えてくれる“仕事の本質”

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ビジネスはOne for All, All for One

凸版印刷株式会社|山田崇さん (情報科学科25期)
インタビュー年月日
平成24年 3月 16日
山田崇 
凸版印刷株式会社事業開発・研究本部事業開発センター事業企画第二部所属。修士卒で入社して7年目。エンジニアをやりながら新事業開発を行っている。
森藤(学部3年)・矢野(学部3年)
情報科学科から印刷業界に進まれたと聞き、どんな仕事をしていらっしゃるのか、学生時代に学んだことをどう仕事に活かしていらっしゃるのかということに興味を持ちました。学生時代の話など面白い話がたくさん聞けて、とても楽しいインタビューとなりました。
現在の仕事について
――現在のお仕事について教えてください。

本社の事業開発・研究本部に所属しております。普段エンジニアとして、トッパンの新しいビジネスになるようなソリューションを提供するための機器の開発などをやりながら、トッパンの将来のビジネスそのものについても検討しています。

――情報科学科から印刷業界というと少し耳慣れない気もしますが、現在の印刷業界、また凸版印刷さんをお選びになった理由は何ですか。

確かに情報科学科を卒業した人にとっては特殊な行き先だと思いますが、私が学生の頃に何を考えていたかといいますと、情報科学科、さらにその先のコンピュータ科学専攻の大学院で学んだことを活かせる仕事をしたいと思っていましたが、一方でコテコテの電気屋さんになる気もなく、いろいろ行き先を考えていく中で印刷業界に興味が湧きました。

その理由は大きく言うと二つありまして、一つは組版(くみはん)が……組版ってご存知ですか。

――なんとなくは。

組版というのは、印刷される原稿を作ってレイアウトをしたりする作業のことですけれども、ああいうのが好きだったんですね。うちの高校にクラス替えがなかったのをいいことに、3年間ずっとクラスの書記をやりまして、座席表や時間割を当時出たばかりのWindows 95のPCで作っていました。当時はまだ他のクラスはみんな手書きで作っていましたが、うちのクラスだけ既にデジタル化していました。

――ご自分で印刷してたんですね。

はい、印刷して、でっかくコピーして貼る、みたいなことを90年代の後半ぐらいにやっていました。大学に入って駒場時代に、世の中にTeXという組版ソフトがあるらしいと知って、白石先生という方(大学院数理科学研究科の白石潤一准教授)のところに「TeXの使い方を教えてくれ」と行って話を聞いてもらってました。情報科学科に来てからもプログラミング言語をいろいろ覚えながら、一方でTeXなども触りまくってました。行き先を決める頃になって、印刷業界が面白いのではないかと思いました。

二つ目は、うちの社風に惹かれたというのがあります。他の会社も受けましたし、OB訪問もいろいろしましたが、そのなかでトッパンが一番フレンドリーに接してくれたというか、当時会ったトッパンの人たちが一番明るかったので、この会社がいいなと思って決めました。

――具体的にはどんなことをやっていらっしゃるのですか。

いま主にやっているのは組込系です。組込というと今では携帯電話のような、ARMのような強力なCPUで動いて、その上にOSが載ってて、その上で高級な言語を用いてアプリケーションを組むのが主流になっていると思いますが、私がやっているのはもうちょっと低いレベルのもので、8ビットのCPUがあって、その上にCでプログラムをがしがし書いて、動くものを作ることが主です。

今ちょうどおふたりもCPU実験をされていると思いますが、そのときの経験が活きています。今でも仕様書を見たときにぱっと読めること、ハードウェアの厳しい制約がある中で、これはできる、この処理はちょっと重いといったことをカンで判断すること、といったスキルは、当時のCPU実験の経験が役立っていると思います。

――学部時代にやらなかったことで、会社に入って新たに学んだことはありますか。

たくさんありますが、今日特に強調しておきたいことは、団体戦をやるということでしょうか。

ビジネスって団体戦なんですよね。営業の人がいて、技術の人がいて、品質管理の人がいて製造の人がいて、さらに、周りからサポートしてくださる広報の人がいて人事の人がいます。いろいろな人たちの総合力を活かして会社対会社で向き合っていくことが会社に入って一番学んだことです。

私は高校のときにラグビーをやっていて、今もトッパンのラグビー部に所属しています。ラグビーでよく言うスローガンで、「One for All, All for One」というのがあります。日本語では「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と訳されることが多いのですが、私はこれは誤訳だと思っていて、最後のところは「みんなで一つのものを追っかける」というのが正しい「One for All, All for One」の精神だと思っています。ビジネスはまさにそういうことで、みんなの持てる力を結集して何か成果を出していくことだと思っています。社会人としてはまだひよっこですが、これが学んだことですね。

――やはり凸版印刷さんのような大企業だと特に「団体戦」というのが大事なのかなという印象を受けます。

確かに会社の規模はウチは大きい方だと思いますが、小さい会社でも多かれ少なかれ団体戦の要素はあると思います。いろんな人に支えられて自分は仕事ができているということです。
学生時代の話
――大学時代で勉強以外に打ち込んだことはありますか。

大学のときは家電量販店で周辺機器の売り子もやっていました。その経験も今役立っています。システムを提案するときにも、周辺機器のことを考えながらお客さまに提案していくことも結構あるんですよね。そういうときに、どういう機器があって、大体いくらで、どういう性能で、といったことが頭に入っているというのは強みです。また、普段エンジニアをやっていますが、お客さまにどうお話をすればより強くつながっていけるかという感覚は、バイトをやっていた頃の経験が原点になっていると思います。

――電気屋のバイトとなると、いろんな機器に詳しくならないといけませんよね。

周辺機器コーナーは家電量販店の中でも特に取扱商品数が多い売り場だと思います。お客さまからしたらバイトであっても店員さんなので、尋ねたら何でも答えてくれると思っているわけですから、訊かれたら答えられるようにと精一杯勉強しました。

――逆に、学生時代にこれをやっておけば良かったと思う事はありますか。

一番やっておいたらよかったと思うことは勉強なんですけれども。

――耳が痛いですね。

情報科学科は東京大学の中にいくつかあるコンピュータ系の学科の中でも一番幅広くいろいろなことが学べる学科だと思います。計算量理論、ラムダ計算、関数型言語などの理論系のことから、ハードウェアの授業を始め、CPU実験や、実際にハードを触るところまでやれるというのは、大学を見渡しても情報科学科だけだと思います。みなさんはすごくいい場所にいると思いますよ。私ももう卒業してから7年、学部の頃から数えると卒業後9年になりますが、情報科学科を出ていることを今でも誇りに思っています。

もうひとつは英語の会話をする練習。EQIS(ERATO Conference on Quantum Information Science)という国際学会の準備のお手伝いでヨゼフ・グルスカ先生と一緒に仕事をする機会がありましたが、当時やりとりのほとんどをメールでやってしまいました。今となってはグルスカ先生ともう少し口頭でお話ししてたら、今の仕事であまり苦労しなかったかな、と思っています。
CPU実験(プロセッサ・コンパイラ実験)
――CPU実験の話が出ましたが、実は当時の基板が出てきました。ダンボールに入った「2001年C班(水道橋)」と書いてあるものが。

なんと、それうちの班です!

――そうなんですか!

ワイヤラッピングと半田付けで基板作っていますが、あのワイヤをソケットの足に巻いたのは私なんですよ。

――今は基板が与えられてメモリとかも乗っていて、という感じなんですけど当時は違ったんですね。

そうですね、当時はFPGAと、紫外線で消す旧式のEEPROMと、あといくつかの部品やソケットが与えられて、あとはご自由にという感じでした。

――だいぶ自由度の高い実験だったんですね。

実験全体の自由度は高いのですが、ハードウェア的な制約が強くて、例えば当時の仕様で言うと、掛け算器をハードウェアで実装するのが大変だった感じですね。なので、EEPROMには掛け算のテーブルを乗っけておいて、CPUで計算せずテーブルを引いていましたし、割り算は仕方ないから筆算するかとか、そういう程度のハードウェアでしたね。

――当時の課題プログラムは。

レイトレーシングでした。トロンという名前の、チェッカーの床の上にバイクみたいな物体の絵を表示させるという……。

――やっぱりそうなんですね。絵も今と同じですね。

それにしても10年前の基板がまだ学生実験室に残っていたというのはすごく嬉しいです。

――情報科学科生はものぐさだから、捨てられずに残っていたのかもしれませんね。
大学院
――大学院時代の研究室はどこでしたか。

今井先生のところでした。量子コンピュータを現在の計算機でシミュレーションする研究をやっていました。理学部七号館の地下にあった並列計算機で、量子状態をあらわす大きなベクトルを作って、そこにユニタリ変換を掛けていって、というようなことをやっていました。

――卒論から量子コンピュータのことを。

そうです。量子コンピュータで大きな効果が上がっているアルゴリズムの一つに、素因数分解のShorのアルゴリズムというのがあります。それを少ない量子ビット数で実装できるアルゴリズムが当時ありまして、それをシミュレータに実装して検証するというようなことをやった記憶があります。10年前の話なのでだいぶ忘れちゃってますけど。

――僕達はこれから卒論を書くことになるんですけど、やっぱり大変でしたか。

そうですね、大変でした。英語であれだけの長さの文章を書くのは初めての経験だったので、同期と一緒に毎日徹夜しながら書いていた記憶があります。

こういう学生時代からのつながりは大事なものだと考えています。今まで本当に素晴らしい人達と出会えて、自分の財産だと思っています。CPU実験の話に戻りますが、当時の水道橋班のメンバーとは今でも交流していて、昨年の年末にもご飯を食べて、今はみんなも年を取ってきたので、マンションを買うんだけどローンをどうしようとか、他の同期に会っても子育ての話だとかをしています。また、今井先生の研究室は、毎年卒業生も呼んで忘年会をやってくださるんですね。それで研究室の先輩や後輩ともつながりができる、これもすごくありがたいことだと思っています。
研究について
逆に聞いてしまいますけど、将来どうされたいとかってありますか。

――僕は、研究者もいいかなと思って、もともと将棋のAIなどに興味があったのですが、研究をして食べていけるのかという不安もあります。そういうのは趣味でやって、仕事は普通に情報系の仕事をやっていけたらなと漠然と思っています。

みなさんまだ三年生なのでゆっくり考えたらいいと思いますが、私がどう思っていたかというのを話すと、研究者はひとつ選択肢として考えていましたし、社会人になりたいという考えもありました。それで私がどういう結論を出したかというと、博士になるというのは、私の中では、平安時代でたとえると、山に登ってお坊さんになるようなものかなと思ったんですよね。もちろんお坊さんになった人は偉くて尊くて、私はすごく尊敬しています。でも自分がそうなるのかな、なれるのかな、と思ったら、なんか自分と目指したい方向と違うかなと思って、それだったら街で暮らすのもいいかなと思って、就職しようと思ったという経緯があります。

――やっぱり「なれるかな」という不安はありますね。

もちろん挑戦することはすごいことだと思いますし、ぜひ挑戦していただきたいと思います。

――卒論の発表を見に行ったんですけど、やっぱり研究者の世界は厳しいなと思いました。もちろんどこの世界も厳しいとは思うんですけど、研究の有用性とか新規性とかで評価されてしまいますから。

研究者は有用性を示すのは基本的に自分の仕事になるので大変だと思います。けれど口頭発表の技術そのものは、どの方面に進んでも必要です。パワーポイントの時代があと何年続くかわかりませんが、発表ツールを使って他人に自分の考えを伝えるのはこの先もしばらくは続くだろうと思うので、ぜひ学生の間にそのあたりの技術とマインドを磨いてもらったらいいと思います。

――やっぱり会社に入ってからも発表したりする機会は多いのですか。

もちろんです。社内でやることもありますし、お客さまの前でやることもあります。

――やはりどの分野に進んでも研究なり企画なりをして、発表するというのは変わらないんでしょうね。

そうですね。今のうちから練習しておいたほうがいいと思います。

発表の技術の根底には論理的な考え方があります。どんな素晴らしいアイデアでも、それを系統立てて話す論理を組めるかどうかで、伝わりやすくも伝わりにくくもなるんですね。情報科学科は理論寄りの要素も学べるので、論理的な考え方を培って、それを活かして他人にモノを伝えていくというのは、ぜひ考えておいてほしいことです。

また、論理的に考えることを続けていると、そのうち思考の近道が見付けられるようになるんじゃないかなと思ってます。私のイメージでは、ひとつのことにずっと取り組んでいると、空の上からモノが眺められるようになる瞬間がいつか来るんですよ。一度そうなると、ある事象に出遭ったときに、論理的にひとつひとつ考えなくてもこれはきっとこうだろうとか、直感みたいなものが働くようになってくるんですね。

勉強の世界でも趣味の世界でもいいので、若いうちにそういう経験をしておくといいと思います。もう経験されているんだったら、それを基にさらに視野を広げていくというようなことを意識しておくと、大きな大人になれると思います。……私、すごく偉そうなことを言ってますね。

――いえいえとんでもないです。

ぜひ21世紀を担う、2010年代のクラウド時代を担う人材になってください。
コンピュータ業界の今後
ところで、この先コンピュータの世界はどうなっていくと思います?

――あまり考えたことないですね。でもこの10年ぐらいで本当に変わりましたよね。だいぶデータもネット上に持ったり、アプリケーションとかもブラウザでできるようになったり。

いま確かにネットワークのないところに行くと何もできないという状態になりつつあります。この10年で、インターネットの社会の基盤として成熟したのと、データを手元にではなくネットワークに置くというクラウド化の流れが進みつつあるというのは、私の現状認識でもあります。10年前というとWindows XPが出始めた頃なので、それを考えるとやはりコンピュータの世界は進みが早いと思います。最近ちょっとゆったりになってきたかもしれませんけど。

――そうですね、CPUの高速化とかもマルチコアの方面に進んできたりして。

そうですね。

――僕達が変えていく世代なんでしょうけど……難しいですね。

研究者になるなら特になんですが、新しさを生み出す中で、先を見通して、自分の研究がその中のどこに位置するかを見通す力ということが大事だと思うんですね。私も事業開発をやっていますので、何年か先を見通した上で、自分たちでマイルストーンを置いていかないといけません。

――僕達はまだ学生なのでぬるま湯につかっているみたいなところはありますね。

情報科学科は結構ハードなほうだと思いますよ。

――課題はそうですが、与えられたものをこなせばいいという面があるので。卒論に取り組むようになると変わってくるのかもしれませんけど。

個人的な思いですが、先を見通そうとして、見えないなあとか五里霧中だなとか思うのは、見通すだけの情報がまだ手元にないということだと思うんですよね。それに気がついたら、それは現実として受け止めて、最初は課題や演習をしっかりこなす。そうすると基礎体力がついてくるはずなので、また見通せるかどうか試してみる。それでもだめだったらまた知的な筋トレをすると。私はそういうふうに思っています。

――やっぱり社会人になっても日々勉強なんですよね。

社会人になってからこそ日々勉強です。私も入って何年かは、言われたことをやるのが中心でしたが、その中で、この業界はこうなっていくのではないかというのが、少しずつ見えてくるようになったと思うことができる年代になってきたように思います。皆さんだったら、もっと早く空の上から見渡せるようになるんじゃないかと思いますので、頑張ってください。
学生へのメッセージ
――学生へのメッセージとして、印刷業界、凸版印刷さんのいい所などあればお願いします。

当社はよく「ヒトのトッパン」と言われますが、最初にも言ったように温かい人が多い会社です。当社では、人は財産である、という考えのもと、人材ではなく「人財」と呼んでいます。いろんな人に助けてもらいながら仕事ができる会社だと思っています。

事業領域も非常に多岐にわたっていて、情報ネットワーク系、エレクトロニクス系、生活環境系、パーソナルサービス系、次世代商品系、と大きく分けて5つあるんですけど、それぞれの分野でいろんな商品を扱っておりまして、それぞれで強みを活かせる会社かなと思っています。

確かに情報科学科の人からしたら、トッパンというのは突飛な感じがするかもしれませんけど、私は入ってすごく良かったと思っていますし、そういう意味では後輩の皆さんにもおすすめしたいと思います。

――情報科学科の学生はどこでもやっていけると思いますか。

はい、どの業界でも活躍できるカリキュラムが組んであると私は思っています。私自身、学生時代に学んだことは今も大いに役に立っています。それは機器開発をやっている中での知見だけではなくて、さっきも言いましたが論理的にものを考えることなども含めて役に立っているという確信を持っています。

――最後に、情報科学科を目指す学生に何かメッセージがあればお願いします。

学生実験室でみんなでワイワイやれるのはすごくいい経験になると思いますので、コンピュータが好きな人だったらぜひ情報科学科に来て欲しいです。情報科学科に来たら、コンピュータ大好きというのが、コンピュータ愛してるぐらいになるまで高めてほしいなと思います。先生との距離も非常に近いところで、そういう意味でもいいと思いますね。

――ありがとうございました。