情報科学科の先輩に聞く!

現役学生OBインタビュー「先輩たちの仕事の原点」各界で活躍する先輩たちが教えてくれる“仕事の本質”

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あきらめず、楽観的に

株式会社ピコラボ社長|青木保一さん (情報科学科9期)
インタビュー年月日
平成23年 3月 17日
青木保一 
平成2年、在学中に株式会社デュオシステムズ(現ITbook)を設立。博士課程では今井研究室に在籍。現在株式会社ピコラボ社長。
王方舟(学部三年)、島根浩平(学部三年)
博士課程在学中に会社を立ち上げたというユニークな経歴をお持ちと聞いて、興味を持った。設立から間もない頃の情報科学科の雰囲気や、会社設立当時の逸話など、幅広い内容についてお話を伺うことができた。
情報科学科に入って
情報科学科9期というとかなり早い時期ですが、どうして情報科学科に進学されたのですか。
今の人達程じゃないかもしれないけれど、コンピュータとの付き合いは当時としては結構長かった方だと思います。僕が中一のときに、まだようやく出始めたばかりのマイコンが、8kbのメモリとキーボード、ディスプレイがついていて10万円から20万円ぐらいで売られていたような時期でしたが、 デパートの展示コーナーに置いてあった日立のBasic Masterっていうマシンを、横に置いてあるマニュアルをみながらポチポチ使ってみたのが最初のマイコン体験です。近くに置いてあったApple IIは高嶺の花でした。CPUはちょうど6800や8080が出て来たくらいの頃。メモリ空間が64kbだけなので、中学生でも1週間ぐらい頑張ってプログラムを書くとメモリを使い切ってしまう。その当時のマイコンではだいたいbasicが動いていたので、始めて書いたのはbasicでした。
どんなプログラムを?
最初は計算式を書いて関数のグラフを画面に表示したりしていました。コンピュータの仕組みも分からないような頃だったけど、初めさわったときに便利だなと思って。単語帳とかを入れられるんじゃないかと。でも大量の単語を入れようと思って、1万ぐらいの配列を宣言しようと思ったらメモリが確保できませんっていわれて、メモリってものがあるんだって(笑)。これじゃ自分の頭の中に入っている単語を登録するのも無理だなと思って、実用的なプログラムは断念しました。
そのあとはゲームのプログラムを作ったりしていましたね。オセロとか。当時アスキーという雑誌で強いプログラム同士を対戦させていたんです。アセンブラのソフトウェアは値段が高かったので、まずはbasicでアセンブラみたいなものを自分で書いてから、それを使ってオセロの思考ルーチンを作りました。α-βプランニングしながら探索していくんですけど、評価関数がやっぱり重要で、僕がやったのは相手の打てる所が少なくなるように打つもの。ただちょっと盲点があって、たまに全滅するんですよ(笑)。なので、そこを調整しながら、全滅しない程度に自分の石を減らす感じで。学校の文化祭で出してみたんですが、一回だけ全滅で負けて、あとは100人ぐらい倒したんじゃないかな。とにかく当時としてはコンピュータを使っているというのは結構珍しかったんじゃないかと思います。人間に興味があって生物学も考えたんですが、結果的にはコンピュータで遊んでいたから、その流れで情報科学科にきたという感じです。
学部時代の事を教えてください。
情報科学科に入ったとき、学科の計算機室にPDP-11の互換機のミニコンがあって、それにUnixが入っていました。当時から既に、ちょっとそこらへんにあるパソコン程度って感じの性能で、つまり遅かった。Unixなので、普通にC言語がコンパイルできる。で、コンパイルしようと思うと、まずお湯を沸かし始める。お湯が沸いてお茶をいれて飲んでいると、コンパイルがやっと終る。エラーがあると全部やりなおし。マシンも遅いけれど、学生のレベルもそれに見合ったものだったので(笑)、皆泊まりがけで課題をやっていましたね。もう一つ、計算機センターにも日立のHITACのお古のメインフレームが学科の学生用に置いてありました。こちらには、後藤英一先生が作ったLispの処理系が入っていて、大体Lispの課題をやっていました。それがパンチカードなんです。僕がパンチカード最後の世代じゃないかな。物理的にカードを読んでいるからたまに失敗してカードがクシャクシャになる。ジャムるっていうんですけど、そうするとカードが使えなくなるんで、また書き直さなきゃいけない。非常に物理的な計算機という感じでしたね。
大学院での日々
院に進むのは自然な選択肢でしたか。
学部の頃は二年くらいしか専門がないので、物足りないなと思って少なくとも修士は行こうという感じでした。バブルの頃で、今と違って就職は非常に良かった。先輩に話を聞きにいくと高そうなお店に食事に連れて行ってもらえたりしていました。学科を卒業して就職する人は、金融系が多かったですね。
当時プログラマという職業は一般的だったのですか。
一応、プログラマとしての仕事もありましたし、メーカーとかに就職した人もいました。ただ、コンピュータで何かをやりたい人は修士にいく感じでしたね。僕自身はコンピュータが面白いと思っていたので修士に進みましたが、プログラムは自分で適当に書きながら、修士の研究では榎本研でグラフ理論をやっていました。
グラフ理論というと?
修士論文のテーマは、arboricityといって、与えられたグラフをn個のforest(treeの集まり)に分割するときの最小のnに関する話でした。それ自体が式で求められるのは既に知られていたのですが、分割されるforestに制約を加えてみて、star(直径2以下のtree)の集合で分割していった時にarboricityがどう変わるかという話をやりました。star-arboricityというのですが、特定のグラフの族に対してこの値を求めたというのが修士論文です。何に使えるのかってきかれると、僕自身全く分からないのですけど(笑)。まぁ計算したら求まりましたみたいなそういう世界で。修士や博士の頃の論文は、ほとんどが定理とその証明を書いていく形のものでした。残念ながら修士の二年が終わった頃に榎本先生が慶応に移るというので、博士課程の最初の一年は、既に退官が決まっていた米田先生のお世話になっていたのですが、その時に今井先生が東大にいらっしゃって、僕の研究テーマと近いということでお願いをして何とか拾って頂き、お世話になることになりました。
博士というと研究者指向で、普通の就職には向かないと言われることもあるようですが、当時の感じは。
確かに博士課程までいくと研究者を目指す人は多いと思います。ただ、今のような就職難の時代とは違って、当時はメーカーの研究所でも博士を募集しているところが結構あって、民間の研究所にいくか大学の研究者になるかという選択は十分可能でした。修士を出てすぐに仕事をして働くのも悪くないけれど、もうちょっと学生でもいいかなという気持ちがあって、僕の場合は考える時間を買うつもりで博士に行きました。当時は社会的状況もそれほど悪くなかったので、自分の将来を決めるのは博士にいってからでも遅くないんじゃないかという感じで決めた記憶があります。
今振り返ってみても学生時代は大事だったと思いますか。
今でも大事だったと思いますね。博士課程までいって良かったと思います。学生って自由っていうかモラトリアムじゃないですか。学生ですって言えばお咎めがなく、しかも何をやるかは自分に任されている。自分でやりたい事をやる時間を比較的自由に作れる。その一つは研究かもしれないけれど、それ以外の事も含めて、何をやるかを自分で決められるというのは非常に貴重な事だと思う。人生でそのような時間は学生を除くとなかなかないと思います。
勉強以外で打ち込んだことは。
アルバイトですね。プログラムを書く仕事でしたが、そこそこお金になったので、学費も自分で出していました。自分でも不思議だったのは、僕みたいな学生がお金をもらって、世の中でそれなりに重要と思われるプログラムを書いている事でした。個人的にはよかったのですが、当時はプログラムを作るという仕事も、コードが書ける人間をとにかく集めて何とか動かすという人海戦術のような感じで、学生の手も借りたいぐらいだったのだと思います。つまり産業として成熟していなかったおかげで、僕みたいな学生でもお金がもらえたわけです。もっとも、今でも同じようなケースはまだ多いかもしれませんが。当時の僕にとっては、システム開発がスマートに行われておらず、プログラムを書く人も足りないことが分かったのが収穫でした。もうちょっと上手いやり方でシステムを作ることができるのでは、と博士課程の時に考えたのが起業のきっかけです。
起業に向けて
起業するに至った経緯はその気づきですか。
ひとつのきっかけではありました。ただ、アルバイトをして、何かおかしいなと思っただけでは、多分自分で会社まで始めなかったでしょう。たまたま博士課程一年の冬に証券会社の友達と話していたら、どうも金融も面白くない、お金だけジャブジャブあるんだけどなんかおかしいんだよね、っていう話だったので、コンピュータの世界も仕事はいくらでもありそうだから人海戦術を何とかできれば簡単に儲かるんじゃないのかなということで、「じゃあ一緒に会社でも作るか」と。一緒にやる仲間がいたことが一番大きなきっかけですね。一人ではやらなかったでしょう。二人でとりあえずやってみようということになって、それから半年ぐらい、ソフトウェアでビジネスをやっていくにあたって、お客さんになってくれそうな人達と話をしてみて、これなら会社になりそうだと思って起業したのが博士二年の6月でした。
当時のアイディアは。
当時はオブジェクト指向データベースが出てきた頃でした。オブジェクト指向もデータベースも日本ではまだあまり普及していなかったので、オブジェクト指向データベースはさらにマニアックな世界でしたが、日本でも海外のオブジェクト指向データベース製品を扱う代理店は少し出てきていました。そんな中、会社の設立準備中に話をした人達の中で、たまたま造船会社の方がおり、日本で最初の頃のコンピュータは船とかの設計で使われていたこともあって、その方もコンピュータの活用に積極的でした。RDBMS(Relational Database Management System)を使って船の設計をやろうとしても性能的にも中々上手く行かないという話をしていて、オブジェクト指向データベースは機械設計等に使えるのではないかと感じました。今から思えばちょっと早過ぎたのかもしれませんが(笑)。
少なくとも僕自身は、ソフトウェアも部品を組み合わせて作っていくのが自然だと思っていたので、オブジェクト指向もデータベースも役に立つはずだと考えていました。なので、オブジェクト指向、データベースといった部品化技術などを活用してシステム開発を支援するビジネスをやるといいんじゃないかなと思っていました。アルバイトで実際に開発をしている現場を見ていて、こんなことをやっているぐらいならどう考えても自分が思う新しい開発手法で進める方が絶対上手くいくと信じきっていて(笑)、簡単にビジネスは立ち上がるだろうと、非常に楽観的に考えていました。僕自身が学生で、何かを失うというリスクはほとんどなかったので、最初はちょっとアルバイト感覚で新しいビジネスを始めた感じでしたね。
実際の資本の提供というのはどのように。
自分自身はそんなにお金持っていないけれど、親に頼るのも癪なので、自分と一緒にやる友人と二人で3分の1ずつぐらい出して、残りの3分の1は一株5万円とかで友達から出資を募ったら、15人から20人ぐらいの友達が協力してくれました。オフィス(といってもマンションの一室という程度ですが)の敷金や当面の家賃と運転資金は、国民金融公庫から借りる事もできました。当初はみんな手弁当(無給)で、運転資金といってもほとんど飲み代で消えていましたが(笑)。

楽観的に始めたと伺いましたが、実際に当初の予定通り行きましたか。
実際には、予想に反して、全く楽ではありませんでしたね。潜在的なクライアントの方々とは、こういう風にしたら良いんじゃないかみたいなビジネス以前のディスカッションをしてポジティブな反応もあったのですが、実際考えてみると、訳のわからない学生なんかが作っている会社に重要な仕事を簡単に出すような、そういう大企業なんていうのは流石に無いんですね(笑)。さらに、自分達ではこうした方が良いと信じていても、それを初めて会う人に上手く伝えるのは、しかもそれを伝えるのが学生となると信じてもらうのはなおさら難しいということに、会社を作ってから気づいたんですね。プログラムを書く側からすれば、仕様に沿って正しく動くプログラムができれば仕事として十分で、どういう考えをしてどういう仕様を書いてどういうプログラムを作ればいいかというのは、プログラムを書く外側にあって自分の仕事ではないと思っていたりするんですが、ビジネスとしてはすべて繋がっているので、なぜそのプログラムを作るんですか、という目的や目標から話ができて信頼が得られるようでないと、そもそもプログラムを作るところまで行かないんです。
実際にビジネスをやるときには、そういう目標の設定方法というかアプローチの仕方のほうが重要で、そこに対して何の経験も知識もない人がいくら言っても役に立たないんですね。そんな当たり前のことも知らないで会社を作っちゃったわけで、最初のうちの仕事は飲むことくらいしかなかったんですが(笑)、会社を始めて半年くらいで、ようやくなんとか信頼を得て、ちょっとした形でプログラムを作るという仕事が動き出しました。当時の感覚で言うと、もし非常に楽観的に始めなかったら、つまりもし僕が最初の半年くらいは仕事が全く動かないくらいの覚悟が必要だと予め知っていたら、おそらく会社を作らなかったと思います。そんなに大変じゃないと楽観的に思っていたのは、自分が起業する気になったという意味では、今思えばそんな悪いことではなかったんでしょう。まあちょっと運が悪ければそのまま会社が潰れていたかもしれないので、良かったか悪かったかは難しいんですが、良かったと思うんだとしたら、それは楽観的だったからということになるんでしょうね。
今情報科学科にも、将来起業したいという学生は多くいるが、そういう人達に向けてなにかアドバイスをいただければ。
楽観的であるということと、反対のことかもしれないし、結局は同じことかもしれないけど、簡単にあきらめないような性格の人のほうが、多分上手くいくんじゃないかと思います。あきらめないとかしつこいとか。半年くらい粘って、ようやく上手くいくこともあるので。それで仮に上手くいかなかったときでも、またチャレンジするくらいのしつこい性格の方が、上手く行くんじゃないかなぁ、と思いますね。最初から大変そうだな、って避けてしまうよりは、やってみて上手く行かなくてもリトライするくらいの感じで楽観的に行ける人のほうが起業には向いていると思いますね。
アカデミックとビジネス
アカデミックの世界にも通じるものがありますね。
そうですね。
アカデミックの世界からビジネスの世界に行かれて、会社の理念としてもアカデミックとビジネスの世界をつなぐ、と掲げてらっしゃいますが、その橋渡しをする上でどのような困難がありましたか。
アカデミックの世界にいる人達と、ビジネスをやっている人達の間に、多少距離があるのはしょうがないと思うんですけど、どちらの世界でも、一つのアイディアだけで何か役に立つ物が直接作り出されるような機会は減っているんじゃないかと思います。むしろ、いろんないいアイディアを組み合わせ、お互いに相乗効果を与え合うことができるような仕組みを作ることで、実際の世の中の役に立つものが作られることの方が増えているように思うんですね。
まぁシステムって言う言葉も、いくつかの部分の組み合わせによって、単純な足し算じゃない別の効果が生まれるっていう点に本質がありますが、それは人とか組織についても多分言えることだと思うんですよ。アカデミックな世界の中だけでも、いろんな専門分野の人達がいる。こういう人達をうまく組み合わせられる仕組みを考えていくこともシステム的な考え方であると思うし、ビジネスの世界の人達も実際同じなんですね。あまり大声では言えないんだけど(笑)、すごく大きな会社って、実は一つの会社としてまとまっているとは言えないことがほとんどです。会社の中にいろんな部門があって、違う部門の人達のつながりは、ほとんどなかったりする方が普通ですね。一つの会社の中でも、組織の中でどうやって人々をつないでいくかっていうことは確かに重要だし、会社を超えればもっとそのつながりが少なくなるので、その間をつなげていくこともより重要になるし、アカデミックな世界とビジネスの世界の間にはさらに距離があると思うので、その間をつないでいくこともずっと重要になってくると思うんです。
その場合に、今までの組織の考え方としては、トップダウンでつながっていったり、一つの大きな考え方があってその中でみんながつながっていったり、っていう方向が理想的なんですけど、現実的にはそうは上手くいかなくて、実はボトムアップにつながっていくことが多いように思います。実際に会社を起業してやっていった時に何が一番重要になるかというと、自分が実際に知っている、会って話をした、というような人達が、またさらに、その人のよく知っている人達と実際に会って、話をして、っていう非常にプリミティブなつながりだったりするんです。そんなつながりの方が、オブジェクト指向でソフトウェアを部品化してこうやってきれいに作れますよ、っていう言葉よりも、はるかに大きな意味があったりするんですね。そういう草の根的な話の方が、たぶんアカデミックな世界とビジネスの世界をつないでいく時にも、現実的にはより大きな意味を持ってくると思いますね。まぁ単純に言えば、アカデミックな人達とビジネスの人達が一緒に何かやる機会を増やせばいいんじゃないか、ということなんだと思います。難点は、実際に一緒に何かをやってみるまで、その重要性や効果に気付きにくい点でしょうか。
アカデミックとビジネスをつなぐといったことに関して、具体的にどのようなプロジェクトが過去ありましたか。
僕達の場合、アカデミックでは機械学習や自然言語処理とかをやっている人達とも話をしているんですが、ビジネスではモバイルビジネスの領域の人達と接する機会が多くて、モバイル、まぁ電話の機能がちょっと拡張されたような世界っていうのは、老人や子供も含めいろんな人達が使うんですね。だから既にコンピュータを使っているリテラシーのあるような人達よりも、もっと幅広い人達が普通に使える、そういうネットワークデバイスや機器やサービスを考えることが重要になるわけです。
例えば電話。誰でも使えるし、電話番号さえ知っていれば世界中でコミュニケーションができるシステムが既に昔からあるわけですよね。それはある意味でいうと、みんな当たり前のように思っているかもしれないけど、幅広い利用者の視点で見れば非常によくできているシステムなんです。コンピュータも特定の利用者にとっては良くできたシステムなんですけど、電話みたいなシステムと、コンピュータみたいなシステムの距離は、そんなに縮まってない。だから、電話がコンピュータみたいにもっといろいろなものをつなぐのに使えるようになるっていうのと、コンピュータが電話みたいに簡単になるっていうのと、その両方のアプローチで考えること、要するに電話のように簡単でコンピュータのように色々使えるものができれば、非常にいいわけですよ。そのためには、たぶん、コンピュータにも電話にも欠けている何かが必要になると思います。
で、それが何かを考える時に、個人的に大切だと思うのは、人間と機械の距離、じゃないかと。コンピュータは、一部のコンピュータ好きの人達から見ればすごく近い距離にあるわけですけど、子供とか老人から見れば遠い距離にあるわけですよね。電話はまぁいろんな人に近い距離にあるんだけれど、その電話が実際にやってくれる中身の話でいうと、音声メッセージを伝えてくれること以外はすごく遠い距離にあるんですね。その人間との距離を縮めようと思ったら、電話とかコンピュータとかを、人間に近づけないといけないんです。電話で言うならば、伝えるものの幅を広げる方法で近づけなきゃいけないし、コンピュータでいうなら、それを使いにくいと感じる面において人間に近づけなきゃいけない。そこで、例えば、まぁ自然言語処理とか機械学習みたいなものとかがその距離を縮めるのに使えるんじゃないかな、っていうことで、モバイルのビジネスをやっている人達と、現時点での自然言語処理とかの成果をうまく活用したサービスを実際に見える形で実現できないかというような、試作みたいなことをやったりしています。
いろいろできるということと、簡単に扱えるということはトレードオフの関係にあると思うんですけど、それを乗り越えるためにはどのようなものが必要なテクノロジーなんですか。
例えば、これは現実には実現できていなくて、実際に実現できたらいいなと思うんですけど、渋谷にいて、急に歯が痛くなったとしますね。それが日曜で、たいていの歯医者さんがみんな閉まっているんだけど、でもひょっとしたら渋谷で日曜でも開いている歯医者さんがあったらと思って、仮にパソコンを立ち上げてGoogleで調べ始めても、たどり着くのは難しいでしょう。その時、104に電話して、「すみません、日曜の午後に開いている渋谷の歯医者さんがあったら電話番号教えて欲しいんですけど」っていって、こっちのほうがひょっとしたら辿りつける可能性が高いかもしれない。これをシステム化するといっても、別に音声認識にする必要はないかもしれないし、実際には、例えば、ネットワークの後ろ側で動いている人間系のシステムがあってもいいとは思うんですけど、まぁそういうのがたとえばコンピュータや電話でできると面白いんじゃないかと思いますけどね。でまぁそれをどう実現するかっていうことは、いろんな人達がこれから考えなくちゃいけないところにあるんだけれど、ゴールのイメージを持つことが大切っていうか、もしそういったものができれば、別に老人だろうと、もしかしたら子供でも、困ったときに電話の手軽さで今のコンピュータでも実現できないようないろんなネットワークサービスの恩恵にあずかることができるんじゃないかなぁ。別に人工知能を目指しているわけじゃないんですけど、人間が理解できることを、システムもほぼ同じように理解してくれて、それに基づいて人間を支援してくれるようなシステム化のテクノロジーが必要になると思います。
コンピュータも、昔、コマンドプロンプトのようなコマンドベースのユーザインタフェイスで動かしていた時に比べると、今はGUIベースで、多くの人にとっては使いやすくなったと思われています。その先には、目に見えている世界だけじゃなくて、目に見えないところでも人間に近づいてくれることで、これまでコンピュータなんて全然使う気になれなかった人が、知らないうちにそのメリットを活用できるような、そんな近づき方ができるようになるといいなと思っています。どうやるかって話は難しいんですけど。
今おっしゃった「やりたいこと」は、トップダウン的な発想ですよね。逆に、技術が先立つような、ボトムアップ的な方法で何かをやることはあるんですか。
ボトムアップ的な話もたくさんありますね。ビジネスにおいては、ボトムアップな話の方が、現実には多いかもしれないですね。よくあるのは、すでに現実に問題があって、その問題を解決したい、という場合で、その場合のアプローチとしては、やっぱりボトムアップになることのほうが多いように思います。
実際にできなきゃいけないですからね。
でも、眼の前にある問題はもちろん解決していかないといけないけれども、それ以外に、もうちょっと長い目で見たときに問題になりそうな、あまり人は気づいてないけど問題としては非常に多くの人に関わるような、一人一人に対しては小さな問題なんだけれど全体で見ると現実に大きな問題になっているとか、そういった場合はボトムアップというよりはトップダウンに考えていったほうが、うまくいくんじゃないかと思いますし、その両方がたぶん必要なんですね。
大学院と専門性
修士くらいは行ったほうが、企業で働くときにも役に立つことは多いと思いますね。
それこそ中学校くらいからプログラムを書いていたような人だったら、大学三年と四年の二年間でもすんなり専門知識が頭に入るかもしれないけど、もし大学の三年で情報科学科に来るまでコンピュータを特に意識したことがなかった人だとしたら、二年間で専門知識を身につけるのは難しいんじゃないかな。
もし単純に2年間だけの勉強しかしないと、その後さらに仕事をしながら引き続き勉強をしていかなくてはいけないので、就職した先の会社から見ても、育てる手間とか時間がかかるわけです。修士でさらに二年を勉強に使っても本当の専門的な勉強には多分もっと時間はかかると思うんだけど、まぁ修士の二年間を真面目に勉強すれば、企業に入ってからさらに勉強しなくてはいけない部分についても本人が自分で取組めるようになって育てる手間をいくらかは補ってくれるだろうという期待も含めた意味で、企業から見てもより価値が高まるのかなぁと思いますね。
もしピコラボで、東京大学理学部情報科学科の人らに向けて採用試験をするとしたら、どういうことを聞きますか。
普通に聞くのは、どんなプログラムをこれまで書いてきましたか、っていうことだと思います。プログラムを書くのが好きですか、とか、どんなプログラムを書いてきましたか、とか、どうしてそんなプログラムを書いたんですか、とか、そういうことをまず聞きますね。基本的にプログラムを書くのが好きな人や、あとは自分で色々考えながらプログラムを書いている人は、いろんな企業で、特にエンジニアリングというかソフトウェアをビジネスにしている企業で必要とされることが多いと思いますね。そんな人材を期待している企業が多いと思います。だから修士とかで、実際に何かプログラムを書く機会がそれなりにあって、自分でもよく考えながらいろんなプログラムを書きつつ、スキルとか知識の面でも役に立つような形でプログラミングを活用できたら、まぁ修士に行って二年間ぐらい余計に大学の授業料を払うことは、そんなに悪いことではないと思いますけどね。
博士に行っても、本当は、同じような延長線上にあると思います。まぁ学部生の時は、どちらかと言うと周りから色々言われて、それに反応する形で勉強していくことが多いと思いますが、修士くらいになると勉強も自分でちょっと考えながら、幅とか深さを広げていくことが期待されます。博士に進めば、そういった幅や深さの広げ方を、他から言われなくても自分で考えながら勉強していく感じでしょうか。そのまま研究者になる人は、さらに自分で考える内容の価値を高めるというかオリジナリティを考えていくような必要があるし、そこから企業に行く人は、オリジナリティもいるかもしれないけど、今ある問題なりもうちょっと長い目で見たときに問題になることを解決するために、自分で意識してやることをさらに広げていくみたいな、そんな感じですね。だから博士に行くことも、僕は別に悪いことじゃないと思うんですけど。企業に先に行って、より具体的な問題解決で自分の幅や深さを高めていくことが合う人もいるし、そういうのは自分で決めるから、博士に行って自分の時間の中で考えたいと思う人がいてもいいんじゃないでしょうか。
学生時代に学ぶべきこと、学んだこと
アカデミックな世界からビジネスの世界に行かれて感じたギャップに関して、学生時代にもっとこうしていればよかったということってありますか。
僕自身の場合はたまたま何とかなったんですけど、最初に起業したときに、僕は単にコンピュータに関して詳しいだけで、経営や経理、営業などに関しては知らなかったんですね。簡単に言ってしまうと、コンピュータ以外のことに関しては全く経験も知識もない状態で社長になったわけです。まあ二人でやっていて、経営とか経理とかに関わる部分をもう一人がある程度知っていたから回っていた部分はあるんですけど、会社を作ってはじめて「勉強」しました(笑)。まぁ経営は勉強するもんじゃないかもしれないけど、エンジニアも法律とか、経済とか、知っていたほうがいいかもっていうのはありますね。個人的には、もし起業することを学生の頃からちゃんと考えていたら、もっと経済学部の授業とか法学部の授業も真面目に受けたかな。試験範囲も一夜漬けだけじゃなくって(笑)。単なるエンジニアだから、コンピュータやシステムのことを深く知っていればよくて、後のことは他の人に任せるっていう選択肢もあるのかもしれないけど、そうじゃない選択肢ももしかしたら世の中に出ていろいろあるかもしれないので、コンピュータ以外に世の中のビジネスが基本的に動いている仕組みとか社会的なこととかに関しても、自分なりに考えて知識や方向感覚みたいなものを学生のうちに身につけておくことができるといいかもしれません。大学的に言うと一般教養っていうんですかね。そういう一般教養もあったほうがいいと思いますね。
逆に、コンピュータの専門家として起業したときに、学部で学んだ専門知識が非常に役に立ったということってありますか。
そうですね、今どういう授業をやっているのかわからないんですけど、形式検証手法って授業でやったりします?
学部の授業ではありませんが、萩谷先生が研究されていますね。
そうですね。僕が教わったときは河合先生がいらして、契約プログラミングの話、事前条件とか事後条件とかを明示的に宣言してこのプログラムが正しく動作することを検証しましょう、というやり方やどうやれば実現できるかを授業で少し聞きました。あぁ、こういうやり方もあるんだな、ってその時は思っただけでしたが、意外とそういうやり方っていうのは、現場というか大きなシステム開発の時でも、品質を高めるための一つの手段として使われる場合があるんですね。なので、コンピュータやソフトウェアについては、大学で勉強していることが別に大学だけの話ではないという場合は実際あります。この他にももっとたくさんあると思います。
専門性について
専門性を最初から持った形の起業と、ビジョンだけあって、専門知識を持っている人の手を借りつつ起業する形があると思いますが、前者であるご自身の強みは何だと思いますか?
よく言われますが、ひとつの専門知識だけで解決できない問題は世の中に多くあります。だから専門性を持っている人達が、うまくコミュニケーションしながら問題解決にあたっていくのが重要で、その結果として専門性が役に立つんです。専門的な知識を持っている人にとって、他の人があまり得意でないところ、自分が一番詳しいであろうところで、役に立てる機会は非常に多いと思うんですよ。ただ、専門的知識を持っている人が一人でいると、あんまり役に立たないことも多いです。
周りの人達が、その専門的な知識以外の、別の専門領域をちゃんとカバーしてくれることによって、全体として問題解決ができるっていう意味で、自分の専門知識は役に立っていると思うんですね。大学の中よりも現実のビジネスの中の方が専門的な知識が役に立つ機会は多いと思うし、ビジネスの中では専門家もいろんな所にパラパラと散らばっていると思うんですけど、いろんな専門性を持っている人達とうまくつながることができると、自分の専門性もより役に立つことになると思っています。
「コミュ力」か(笑)。
専門というほどでもない単純な話ですが、例えばちょっとしたデータ処理をやりたい時には、まぁExcelでやるわけなんですけど、そこでマクロのプログラムがかけると、さらに便利ですよね。今、たまたま僕自身が高校の父母会っていうのに関わっているんですが、主に高校生のお母さん達の会で、その人達が小さい頃にはたぶんコンピュータなんか使ってないので、コンピュータにあまり詳しくない人達が集まっているわけです。そういうところで、例えばホームページを作りましょう、データの共有をしましょう、メーリングリストを作りましょう、とか、専門性でいえば情報科学科で勉強したことよりも全然手前にあるわけですけど、コンピュータにあまり接する機会がない普通のお母さん達から見れば、そういったことができる程度にコンピュータに詳しいっていうことだけでも、十分頼りにされるんですね。Excelでマクロが書けるのは神様みたいな。雑用にこき使われているだけかもしれないんですけど(笑)。まぁ、メールが文字化けしちゃうとかいう話をもらって、文字コードがUTF-8になっているのをShift-JISにしてみたらどうですか、このメニューを開くとありますよ、とかちょっと教えてあげたり。届いたメールのメーラーのフィールドを見ると、「あ、Outlook使っているんだな」ということで、Googleで「Outlook 文字化け」で調べると、こういう時にこうやって文字化けして、こういう対処方法がある、っていう記事を見つけてURLとかを返してあげたり。なんか104で聞くのと同じような感じですけど(笑)。
要するに、コンピュータが使われる機会が増えているんだけど、まだやっぱりそんなにこなれたものにはなってないから、普通の人から見ると難しいんです。だけど、別に情報科学科に行って一生懸命勉強している世界ほど高度な話ではないわけです。まぁ、コンピュータからの距離が遠い人から見ると、コンピュータに身近に接している人達は非常に頼りになるんですね。そういう意味で、専門知識ってほどではないけど役に立つことも多いんです。これは一例で、コンピュータを身近に感じて使っている人達の中でも、同じようなことはやっぱりあるんですよ。つまり、コンピュータの専門家にもまぁいろんな領域の人達がいるので、自分が詳しくない領域のことは、やっぱりそれなりによくわかっている人に聞いたほうが、自分で一生懸命頑張って調べたり理解したりするよりも早いことがあるんです。なので、まぁそういうのは最近だとTwitter上で流れているんですけど、コンピュータのこれに関してこういう考え方っていうのはどうなんでしょうね、みたいなやり取りをする機会は増えてくと思うし、そこでもし自分がすごい専門性を持っていれば、多分その分野でいろんな人から聞かれて、あぁそれはこうなんですよ、って教えてあげることで、その人としては非常に世の中の役に立つことになるんじゃないかなと思いますね。
能力の価値が環境に左右されるということですかね。
そうですね。イメージでいうと、最終的にそれがお金になるかどうかはまた別の話ですけど、コンピュータに詳しいっていうことの価値は、コンピュータが世の中でもっと活用されていくことを考えたときに、どんどん上がっていくだろうと思うんですね。本当に人工知能が実現してコンピュータが自分自身で人間に近づくことができるようになるといいんですが、当分はまだそんなことは難しいでしょうし。コンピュータと人間が近づくために、間に専門的な、より詳しい人がいて、この間の距離を埋うめてくれるようなことが必要になるケースも多いと思います。この間にいてくれる人っていうのは、非常に重要な価値を持っているし、みんなもそう思う、ということですね。単にコンピュータの使い方だけじゃなくて、コンピュータのテクノロジーの中にも、多くの人にはなかなか見えない、わからない世界があって、間に入る人がその距離を縮めてあげることが、その人の専門性の価値を高めることになるんじゃないかなと思います。そういったことは多くの専門家にとって十分可能だと思います。
そういったこと踏まえて、多分このまま多かれ少なかれ専門性を持っていく人達に、何か最後に一言アドバイスをいただけますか。
繰り返しになりますが、何か新しいことやりたい人は、楽観的に、あきらめずにやってください。もう一つ、実際には情報科学科で学んだ人のすべてが、必ずしもコンピュータを専門とするような形で仕事をするわけじゃないかもしれないけれど、その場合でも、その人がいる世界の中では、多分コンピュータに近い、ということで、役に立てる機会はきっとあると思うので、ぜひそういう誰かの役に立てるようなことを情報科学科で身に付けていただければと思います。もちろん専門でやろうという人は、なおさら自分の専門の世界の中で世の中の役に立つようなことを、学科にいる間とか修士の間に身に付けていってほしいと思うし、それはもしかしたら、自分で考えながらうまく見つけていくものかもしれないので、それを考えるための場所とか時間という意味で、情報科学科にいる時間とか場所とか周りにいる人達とかをうまく活用して&生かしていただければいいんじゃないかと思います。周りの人達の中には、先生や友達だけでなく、かつて情報科学科にいた先輩とかも含めていいと思うので、そういう人達も活用していくといいんじゃないかと思いますよ。
本日は本当にありがとうございました。
こちらこそ。
感想
非常に気さくな方で、お話も面白く、和やかな雰囲気でインタビューを終えることができました。60分のインタビューのところを90分もお話を聞かせていただけて、本当に楽しい、かつためになる経験でした。情報科学科には毎年起業志望の人が数人はいるので、その人達にとっても非常にためになるお話が多かったと思います。またぜひお会いしたい、と思わせてくださるような方でした。