情報科学科の先輩に聞く!

現役学生OBインタビュー「先輩たちの仕事の原点」各界で活躍する先輩たちが教えてくれる“仕事の本質”

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夢と笑顔をおいかけて

任天堂株式会社|清木昌さん (情報科学科24期)
インタビュー年月日
平成20年 3月 18日
清木昌 
情報科学科の24期生。所属は任天堂株式会社 企画開発本部 環境制作部 開発環境制作第1グループ。

任天堂株式会社は、言わずと知れた日本を代表する家庭用ビデオゲームハード・ソフト製造販売会社。最近ではニンテンドーDS、Wiiなどの大ヒットが話題になっている。同社環境制作部開発環境制作第1グループではゲーム開発者に必要な技術や情報を集め、その導入やライブラリ構築などを行うことでゲーム開発者が開発しやすいような環境を作っている。
島村・寺島 情報科学科3年生(当時)
情報科学科3年生(当時)の島村と寺島の2名。
島村は中学高校にてパソコン部に所属していた頃からゲーム制作を体験、2005年には任天堂ゲームセミナーに参加した経験もある。コンピュータと人をつなぎユーザに笑顔をもたらす分野に関心があり、ゲーム制作はそのひとつの手段と考えている。
学生時代について
インタビューは2008年3月18日、京都市の任天堂本社で行った。主に島村が質問をする形をとり、写真は寺島が撮影した。インタビューには広報室の皆川さん、人事部の藤平さんに同席していただいた。


――まず、清木さんの略歴を教えていただけますか。

1998年に理科1類に入学、それから情報科学科に行って卒業しました。2002年に大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻に進学、2年間修士をして、2004年4月より任天堂で働いています。入社して4年ぐらいですね。

――進学振り分けで情報科学科を選んだのはなぜですか。

少し遡ったところから話をすると、実は中学生・高校生の頃から将来はゲームプログラマになるんだというのは決めていたんですね。当時からプログラミングは好きで得意な分野でしたし、いろんな人に楽しんでもらいたいという動機もありました。その動機と自分の能力を両方活かすにはゲームプログラマがいいんじゃないかな、と思っていたのが中学生時代です。中学生ながらも、そのためにはプログラミング能力を伸ばさないとだめだと考えて、とりあえず入れるような大学に入って、あとはバイト経験を積むとか、もしくは専門学校で必要な知識を得ようか、なんて皮算用をしていました。

――でも東京大学に入ったのは……?

僕には8歳年上の兄がいて、ちょうど東京大学に在籍していたんです。そういうことを話したところ、「自分は『日本最高峰の情報専門学校』の噂を知っている」と言うわけなんです。そうやって紹介してもらったのが理学部情報科学科でした。最高の知識を持った教員が、強烈なカリキュラムで(笑)みっちりコンピュータのことを仕込んでくれるところがあるらしいと教えてもらって、そこまで言うんだったら行ってやろうじゃないかということで。情報科学科に行くというのが大学を選ぶときの目標だったので、理科1類を選んだのも情報科学科に行くためでしたし、進学振り分けでも迷いませんでした。自分の兄にある意味『洗脳』されていたわけで珍しいケースかなと思いますが、卒業した今でも、みっちり仕込んでくれるという点では兄の言ったことは間違いではなかったなと思います。

――中学のときにゲームプログラムをしたくなったというのは、自分でゲームをしていたことに加えて、部活などでも?

スーパーファミコンでゲームを遊んでいましたし、パーソナルコンピュータ研究部という部でプログラミングをしていました。やっぱり、自分で作ったものが動くというのは楽しいじゃないですか。これを職業にできるんだったら毎日ハッピーだろうな、というのが純粋な動機だったんだろうと思います。

――就職のときには、研究の道は全く考えませんでしたか。

モノ作りにより強い興味がありましたので、学部に入ったころには、修士にも行かなくてもいいかな、なんて思ってました。ただ、いま日本の大手ゲーム会社の技術職採用者の多くは修士なんですね。それを大学3年生の頃に知って、修士は出ておいた方が良いのかなと思ったのと、情報科学科で得ることのできることがたくさんあって、それを学びきっていないという思いがあったので、それで修士に行ったんです。

――研究テーマはどういうものでしたか。

学部も修士も米澤研究室にいまして、モデル検査のゲームシナリオへの適用が研究テーマでした。モデル検査というのは、まず検査対象を状態遷移モデルで表して、検証したい性質というのを時相論理で表現して、モデルがその論理式を満たしているかどうかを調べるという理論です。時相論理というのは、簡単に言えば時間の概念が加わった論理で、ふつうの命題論理に時相演算子を加えたものです。

――具体的にはどのようなものですか?

たとえば、踏切がおりた後はいつか必ず上がるとか、鍵をかけてから開けるまでの間は必ず扉は開かないというような、時間の経過を含んだ論理を扱えます。検査の手法は、本質的には、初期状態から全ての場合を数え上げていって、全状態で時相論理式で表した条件が成り立つかどうかをチェックするというシンプルなものです。実際には組み合わせがどんどん大きくなってしまって、いわゆる状態爆発というような問題が起きるので、いかにそれが起きないように対象を抽象的に取り扱っていくかというのが色々な理論になります。

――モデル検査とゲームシナリオはどういう関係だったんですか?

モデル検査は適用可能な問題のサイズに制限があるので、小さいモデルを選ぶか、もしくはモデルを作る際に本当に必要な性質だけをピックアップしてモデルを抽象化するしかないので、なかなか応用事例が限定されている分野でした。そこで、対象にインタラクティブなゲームシナリオを持ってきたのが僕の研究です。ゲームのシナリオは、ユーザからの入力によって遷移し、状態に応じて画面出力が行われる状態遷移モデルと見ることができます。ここで、当たり前ですが、人間が作ったシナリオはデバッグしないといけない。組み合わせ爆発が起きるようなシナリオはデバッグできないので、ぎりぎり人間がデバッグできるかどうかというところで作っています。そういった人間には辛いが、機械ならばまだ余裕という対象へ、モデル検査をうまく使えばデバッグにかかるコストを下げられるんじゃないかなというのがアイデアです。

――近年のゲーム業界は、高いクオリティのものがもの凄い速さで消費されているので、作る側としてもデバッグコストを下げなければついて行けないというわけですね。

ユーザがどんな選択をしても必ずゴールにたどり着く、と言うと時相論理式を書き下したような表現ですが、簡単に言えば詰み状態にならないということですね。シナリオをモデル化することで、そういった性質をモデル検査の手法を使って保証することができるんです。それでデバッグのコストを下げられれば、もっと冒険できるわけで、もしかするとより可能世界を広げる、新しいチャレンジができるようになるかもしれません。

――なるほど。

ただ、当時は関連研究がほとんど無いような状況で、ずいぶん指導教官も心配したと思います。我が道を行くというような感じで研究していましたが、筋は悪くないという感触はありました。でも時間が足りなかったので、有効性が実証できたというところまでで研究は終わっています。ようやく最近興味を持ってくださる方が出てきて、今年のM2の方でも僕の研究の続きを修論にしてくださった方もいました。このまま研究テーマとして広がっていかないかなという期待はありますね。

――デバッグのコストは大きいですもんね。以前、私(島村)は2005年度の任天堂ゲームセミナーに参加したことがあるんですが、デバッグ期間を削って致命的なバグが最終的に残ってしまいました。

――少し話は逸れますが、学生時代、何か専門以外の活動はありましたか。

サークル活動にはあまり熱心ではなかったですね。部活動以外の部分で、ACMのICPCに学部3,4年のときに出場し、特に4年のときにチームでWorld finalまで進めたのは良い思い出だなと思っています。ただ、僕の実力がもっとあれば上位入賞できたのに、という悔いは残っていますが。

――学科で勉強する内容と関連はありましたか。

そうですね。ICPCで試されるのはアルゴリズムを考える力なので、情報科学科のスパルタ教育は役に立っていたと思います。あとはやっぱり、情報科学科という場の影響ですね。僕らでコンピュータを楽しもうというノリが、やってみようかと思わせる原動力になっていたと思います。

――アルバイトはどういうことをしていましたか。

僕らの頃はWeb系のバイトに行っていた人が多かったんじゃないでしょうか。仕事として集団でプログラムを組むというのは学科内で一人で課題をしているだけでは経験できないので、いい経験でした。みなさん、ビットバレーと言っても分からないですよね(笑)。渋谷界隈の Web 系ベンチャーのことなんですけれど、昔の話でしょうね。

――バイトもコンピュータ漬けですね。

そうですね、コンピュータ漬けというと、IPAの未踏ユースに応募して採択されたんです。研究テーマと対を成す形で、ゲームシナリオの開発環境を作るということをやっていました。ただ、時間がすごく短かったというのもあってプロトタイプを作って終わりという感じではありましたが。ぼちぼちと続きは作っていきたいです。今思い返してみると、いかにいろいろな経験をしながら自分のプログラミングスキルを伸ばすかというところに重点を置いて活動していましたね。

就職について

――環境制作部ということに重点を置きつつ、この仕事を選んだ理由を教えていただけますか。

ゲーム業界で働こうというのは決めていたんですが、実際にはプログラマとしても何通りかの関わり方があります。まず、実際にゲームタイトルを作る開発者。次にその開発者をサポートする開発環境を作るというのがあると思うんですけれど、それぞれ魅力があって、就職活動中もギリギリまで悩んでいました。当時の自分の知識や経験を生かしてより多くの人たちを幸せにできるのはどちらかといったときに、ひとつひとつのタイトルを作るよりも、開発者をサポートする開発環境を整備することでより多くの人たちを相手にできるんじゃないかなと思ったのが環境制作の仕事を希望した理由ですね。

――それはどの段階で決めましたか?

任天堂に何度か面接に来て、面接官の方に自分が何ができるんだろうというのを逆にお聞きするうちに、日本にいながらにして世界の開発者やユーザに幸せを届けることができるという確信を抱いたということが最大の理由ですね。やっぱり実際に就職活動をしてみないと、その会社が何ができるというイメージはなかなか持ちにくいと思うんです。僕は就職活動の最中にそういったことを実感できて幸運だったと思います。
仕事について
――では、環境制作部での仕事の内容を詳しく教えてください。

今は、携帯ゲーム機や据え置きゲーム機のSDK(ソフトウェア開発キット)や関連ライブラリを作っています。そういうチームに所属しているんですが、最近の僕自身はネットワーク周りを触っていることが多いですね。例えばTCP/IPのスタックの実装に手を入れたりとか、無線通信のメンテナンスをしたりとか。もともと入社直後にDS同士の無線通信のライブラリ層を担当したというのがきっかけで、そこから広がっていった仕事です。

――メインは実装ということでしょうか?

SDKを作るといってもソフトを書いているだけではなくて、仕様を決めて実装をして、デバッグをしてリリースするパッケージを作るというところまでをチームで協力して全てやっていくので、責任は大きいですがやりがいはあります。いま無線のことを話しましたが、このOSの同期オブジェクトはこういう仕様のものがあったほうがいいんじゃないかといえばそれを実装したりします。そのあたりは柔軟にできる環境で、面白い仕事場です。

――下のレイヤが多そうですね。

下位層ばかりでもなくて、たとえばWiiだと、WiiConnect24という24時間ネットワーク接続を実現するための高レイヤの設計・実装のサポートをしたりもしています。Wiiの開発コンセプトの1つに ”Something new every day” というのがありますが、それを実現するためにはどういうサービスがあればいいのかというのを技術的側面から考えるのもわくわくする仕事です。

――かなり広い範囲を担当されていますね。

任天堂という会社は事業規模としてはワールドワイドなんですが、会社組織としてはとてもフラットでコンパクトなので風通しも良いです。目の前に手を出せることがたくさん転がっていて、何でもやろうとすればできるのが技術者としてはとても面白い職場ですね。大企業というイメージがあるかもしれませんが、フットワークの軽い会社ですよ。

――使っているマシンなど、開発環境はどういう感じですか?

あまり具体的には言えないんですが(笑)、少なくともみなさんが入社して驚くようなものではないですよ。ただ、実機で動くゲームソフトではリアルタイム性能を重視しますのでCやC++といった言語を使うことになりますね。

――ゲーム制作に対しては、どういう風に貢献していきたいとお考えですか。

なにか良い技術を開発現場に持ってくることでゲーム開発の生産性を大きく向上させたいというのがあります。また、OSなどの基本的な部分についても手を出せる部分がありますので、自分の知識を生かしてチームメンバーと議論しながらより良い仕様を模索していけるというのはやりがいがあります。ただ、常にやるべきことがたくさんあるので、できればもっとソフトウェアのアーキテクチャに興味がある新人さんがたくさん入ってきてくれればなと思っています(笑)。

――開発環境整備というと、ユーザから遠いところかなと思っていたんですが……

お客様と直接触れ合わないとも言いきれなくて、例えば新しいUIを実現するライブラリを作ったとすると、間に各タイトルの開発者が介在するにしても、自分が考えた新しいアイデアをユーザさんに提供するということができるわけです。ただひとつ気をつけないといけないのは、技術がお客様を楽しくするわけではないんですね。UIに限らず、お客様は何が楽しいんだろうと考えて、それを実現するような技術を探してくるというのが我々技術者の仕事だと思っています。任天堂の一番の特徴は、そんな風にお客様の視点というところから商品開発できるところかもしれませんね。

――少し特徴的かなと思うんですが、環境制作部にとっては、ゲームをプレイするお客様に加えて、タイトルの開発者も「お客さん」なんですよね。

ある意味そうですね。直接の「お客さん」であるゲーム開発者にいかに楽をしてもらえるかというのは大事なことですね。使う側の視点に立って物を考えるというのは、ゲーム開発者だけではなくて我々環境制作の仕事にとっても大事です。入社したての頃はそのあたりがピンときていなくて、的外れな仕事をしてしまったりもしましたが……。

――その2つの「お客」の要求がconflictするようなこともあるんでしょうか。

それは難しい話ですね。ライブラリとしての機能を限定してしまうと、開発はしやすくなってもお客様にとって不利益になったりします。ただできるだけ両者の利益になるように、安易に妥協はしないようにしています。場合によってはカスタマイズ性の高いAPIと利用が簡単なAPIを2種類用意することもありますね。
学生時代と仕事の関係
――学生時代の経験が現在において役立っていることを教えていただけますか。

情報科学科で学んだことに関しては、逆に役立っていないことを考えるのが難しいぐらいですね。例えば、CRCを扱う際にハミング距離を理解していないといけないし、FFTを実装しようと思ったら当然フーリエ変換が分かっていないといけない。高速に三乗根を求めようと思ったら、ニュートン法の一つでも満足に実装できないといけないわけです。OSとかネットワークとかの知識はダイレクトに関係してきますしね。

――やはりそういう計算はどこに行っても求められますよね。

そうですね。またもう少し上位層だとしても、ユーザインターフェイスの歴史を知っていれば、今のインターフェイスを客観的に評価できます。これは五十嵐先生のユーザインターフェイスの授業のおかげですね。上層から下層まで、情報科学科で勉強したことは社会に出たときに何らかの形で役に立っています。

――なるほど。

また、授業以外の点では、研究において「調べる」という能力について鍛えられたかなという気がします。課題を自分で設定し、それに対して主体的に調査していくという能力を職場では求められます。また、その技術調査の際に英語の文献に当たる事も多いのですが、その時でもあまり苦を感じないというのは、やっぱり大学へ行って培われた大きな力だと思いますね。
加えて、特に情報科学科出身で良かったと思うのは、CPU実験の経験ですね。

――あぁ、やっぱり……(笑)。

今やっているSDKの開発はしばしばハードウェアと密接に関係した所を扱うのですが、ハードウェアはどのように動いているのか、CPU実験で体感した事は大きなプラスになっていると思います。もちろんやっている最中は結構辛いことなんですけどね。
例えば、プルアップし忘れた浮いている信号線をリードしたらどういう挙動を示すかとか、バスが衝突するってどういう事なの? ということが感覚的に分かるソフトウェアエンジニアというのは、どこでも貴重な人材なのではないかなと思います。

――ちなみにCPU実験では担当は何でしたか?

僕は基板係でした。RS-232Cも含めて、基板のラッピングワイヤーをひたすらいじったりもしてました。

――今のCPU実験はFPGAを使っているので、配線は少ししかしていないですね。メモリも基板に乗っているものを使っています。

それはちょっとつまらないですね。我々の時代のCPU実験では「バスというのはただの信号線だ」ということを体感できて、それが辛くも楽しかったのですが。

――CPU演習のもう一つのテーマとしてチーム制作というものが有ると思いますが、それについてはどういう印象でしょうか?

そうですねぇ、でも情報科学科って毎日がチームで楽しんでいるっていう感じが有るのですが(笑)。

一同(笑)

お互いが責任を持って仕事を果たさねばならないという点は、やはり大事な経験かと思います。「誰か一人が失敗すると動かない」という事に関してあれほど分かりやすい例はないですしね。基板を爆発させたことが有るのであんまり人のこと言えないのですが……

――なんと……!

通電させたらポーン!と……煙がモクモク(笑)。

――逆に、情報科学科で学び損ねてしまったことは何か有りますか?

多分履修した科目や選択した研究室に依るところなのでしょうけれども、機械学習やデータマイニングといった分野はもう少し勉強しておくべきだったなと思っています。HMM(隠れマルコフモデル)などの専門性の高い分野というのは、いざ会社で必要になった時に書籍だけを頼りに学習するのはかなり辛いものがあるので、是非大学のうちに勉強して欲しいです。
大学院は科目履修数が結構少なくて楽だなぁと思ったのですが、会社に入った今からしてみると、あの必修科目が少なかった時こそ、いろいろなことを学ぶべきだったのかなという気がします。

――是非参考にさせていただきます。

学生から職場で働く者への変化

――就職前後で、プログラミングに対する接し方は変化しましたか?

そうですね……正直なところ、あまり変化はなかったと思います。それだけ今の開発環境制作という環境にするりと入り込めたのではないかなと思うのですけれども。

――おぉ……と言いますと具体的には?

自分にとってのプログラミングというのは、「自分にとって楽しいことをしているうちに、いつの間にか人様にとって役に立つことができる」という夢のようなツールであり、その解釈の点では入社前後で変化はなかったということですね。ただ、自分が書いたプログラムが世界中に数千万とか数億という単位でコピーが撒かれることを考えると、自然と品質に対する気持ちが強くなります。時には重荷になったりもしますが、その分やりがいも感じますね。

――「楽しいことをしているうちに、いつの間にか世間の役に立っている」とおっしゃいましたが、プログラミングにおいて後半の「世間の役に立つ」というのは重要ですか?

「他人の役に立ちたい」という動機がありますので、大事な要素ですね。仕事として他人の役に立てることを毎日書けるようになると、プライベートにおいて自分だけの為にプログラムを書くという時間はどんどん減ってきた気がします。書き捨てでプログラムを書くのも面白いのですが、同じ時間で同じ労力を使うのならば、他人の役に立ちたいなと思うように変化していったのでしょうね。

――学生時代にもそう言う考えはありましたか?

学生時代は、たとえば自分のサイトのCGIを書くといった形で、自分の目の届く身近な人たちを幸せにするためのプログラミングをしたいという気持ちが強かったかもしれませんね。それはそれで大切なことです。
卒業した後で振り返る情報科学科
――情報科学科という学科について質問です。卒業した後に感じる情報科学科の印象や特徴というものを教えていただけますでしょうか?

最初に述べた「日本最高峰の情報専門学校」であるだけでなく、さらにそれを超えた何かがあった学科だと思います。やはり、最高の教官と最高のカリキュラムを持った学び場といったところでしょう。
ただ単に高い水準で学べたというだけでなく、研究するという心構えも鍛えられたのではないかなとも思いますね。

――今の職に関しては、研究もしつつ提供もしつつ、という両方の姿勢を求められるような感じになっているのですね。

研究開発と言うほど研究に重きを置いているわけではないですが、研究するという力は「自分で問題設定しそれを解決する力」なのですよね。任天堂で求められているのは、上から指示をされなくても自分の力で周囲をより良く出来る力を持っている技術者なので、何をしたら上手く問題解決できるかを学べたという点で情報科学科は重要だったと思います。

――最近、日本全体で理系離れと言われていて、東大の理学部もその例外ではないと感じています。このことについてはどう思われますか?

正直に言ってしまえば、「どうしてみんなこんな楽しいことをやらないのかなぁ」というのがありまして(笑)。

一同(爆笑)

確かにIT系企業は3Kだと思われているとはよく聞きますし、事実大変な職場も有るのだと思います。ただ、今自分が働いていてすごく楽しいので、こういった楽しい仕事はまだまだ有るんだよということを様々な人に知って貰いたいという気持ちがあります。

――3Kという印象は全然ないですか?

そうですね、まぁキツイ('K'itsui)と言えばキツイですけれども、それに十分見合うご褒美があるのであまり気にはならないですね。実際に街で楽しく遊んでくれている姿を見ると、やっぱり嬉しくなります。データ上でも任天堂は非常に離職率の低い会社ですし、そういう点から見てもみんな楽しく働いているのではないかなと思います。

――在学中と現在で学科の見え方というのは変わっていますか? たとえばまだ3年の我々は「課題に追われてプログラムを繰り返す毎日」といイメージが大きいです。

一番感じるのは、「情報科学科って恵まれた環境だったんだな」ということです。書籍や論文書がきちっと揃った図書室があり、専門的なことをちょっと知りたいと思ったときにすぐに教えてくれたり助けてくれたりする先生がいる。こういった環境というのは、とても恵まれた環境なんだという事を大学生に是非理解していただければと思いますね。
それ以外では、私の場合は違いましたが、人によっては就職すると周囲の人の雰囲気が変わってしまう人もいると思いますので、是非学科の友達は大事にしましょうという感じですかね?(笑)。

――今でも学科の頃の友人と連絡を取ったりしますか?

僕が京都に来てしまったということもあって頻繁に連絡を取り合うことはなくなってしまいましたが、でも時々会ったりもしますね。やはり「あの」苦楽を共にしてきた者達なので、いつ会っても楽しいです。

――在学中の我々の視点では、学内の課題をこなしているだけで、「物を提供して喜んでもらう」という楽しみに関しては少し満足いかないなと思っています。しかしそれも一つの経験として生かせますか?

CPU実験は恵まれた演習プログラムだと思います。しかしながら、普段の講義は今勉強したことはすぐ忘れてしまうしあまり意味がないんじゃないかという印象もあると思います。しかし、自分の勝手な考えですが、大切なのは「学んだ事を覚えていること」ではなく、「いろんな分野の概要について知っていること」だと思います。1回理解すると、後から同じ事を知りたいと思ったとき当たりが早くなりますので。この状態をたくさんの分野で用意しておくというのが大事かなと思います。

――ああ、なるほど……

自分の経験でも、足がかりがない分野では、今から勉強しようと思ってもなかなか大変なところが有りますが、それに比べてネットワークなどの分野に関しては業務に取り組む際に理解が早かったですね。やはり授業を受けた恩恵を受けている感じがします。

――大学の時間を大事に使って足がかりを作った上で、将来の選択肢を増やして可能性を広げていく事が大事なのですね。

そうですね。

所詮ゲームプログラマ? されどゲームプログラマ。
――現在、任天堂さんのアイディアによって「ゲーム」という存在が世間に認められつつあると思います。しかしプログラマとしては決まりきったものを作るだけの「所詮ゲームプログラマ」という評価がまだまだ有るのではないかと思うのですが、周囲の目は気になりませんでしたか?

価値があると自分で信じていた分野だったので、周囲の視線が気になった事はありませんでしたね。しかし、親が許してくれるかという所で心配した時期はありまして、もし承諾してくれなかったらケンカして勘当されても出てこないといけないなと思っていました。最終的には親も承諾してくれましたけれども(笑)。

――もの凄い決心ですね(笑)。

やはり本当に価値があると思えたからですね。

――そこまで価値があると思えたのは、自分でゲームをプレイしてきた経験からでしょうか?

そうですね。人を楽しませるということは――言い過ぎかも知れませんが――尊い事だと思います。ゲームのプログラムは決まりきっているという意見にびっくりしたのですが、自分の感覚では、むしろゲームプログラミングこそ全く答えが見えていない分野だと思います。ゲーム制作というのは「人を楽しませる仕事」ですが、人を楽しませる為には、今まで誰もやっていないことをやって、驚いて貰わなければならないですからね。

――やはり、今ある物を作ってしまえば「二番煎じ」と呼ばれてしまうことが有りますよね。

特に任天堂という会社はそのような視点を強く持っていて、「どうやったらお客様に良い意味で驚いて楽しんでもらえるだろうか?」ということを考え、新しいものを毎回作ろうとしている会社です。プログラマとしてもチームとしても、ゴールの見えない場所で試行錯誤する感覚を受ける事がよくあります。Wiiのリモコンは良い例ですね。

――そうですね。

実際にゲームタイトルを作っている開発者となれば、毎タイトル、アウトプットがどうなるか分からない中で試行錯誤しながら作っていくので、非常に創造性が必要とされてエキサイティングな職種だと思います。
なので、ルーチンワークしか出来ない技術者というのはやはりゲーム業界のプログラマには向いておらず、「今、ここに何が足りていないのだろう」「こうすると解決するのではないか?」と自分で即座に考えられる人が、この業界の「できるプログラマ」像と一致しているのではないかなという気がします。

――なるほど。そう言われるとなんだか自信が持てますね。

他人を喜ばせる会社

――自分が提供した物で他人が楽しんでいる姿を見るのは、自分が単に与えられたもので楽しんでいるよりも数倍楽しく嬉しい、と気づかれたのはパソコン部の文化祭などでの展示経験があったからでしょうか?

当然そうだと思います。実は中高の頃からライブラリを作ったりしていたのですが、その分野でも、自分が作ったライブラリを他人に使ってもらい、それによって新しい機能が追加されていくのは楽しいなと思いました。

――実際に使ってもらった時に、「ここが良かった」「ここはこうして欲しかった」と言ってもらえることは次へ次へと進んでいくための活力になりますし、魅力が感じられますよね。

そうですね。周りに仲間がいるということも、やはり大きな要素だと思います。
そういえば気になっているのですが、今そちらの周りでゲーム業界で就職しようと思っている方はいらっしゃるのでしょうか?

――そうですね……あまり多くないと思います。

僕の代も30〜40人ぐらいでしたが、修士で卒業した同期のうち4〜5人がゲーム業界に就職しました。プログラマにとって楽しい業界ですので、是非周りにも勧めてあげて欲しいところですね。

――では私(島村)も、そういった意味で誇りを持っていきたいなと思います(笑)。

皆川さん:今は、世界の何処に居てもE-mailや携帯電話他で四六時中仕事に追い回されたりして、「新しい技術は必ずしも人を幸せにしてくれない」ということが働く人たちに理解されている時代でしょう。そこで任天堂は、「我々は人々を笑顔にすることで社会貢献」すると対外的に明言しています。でも、今日のインタビューがなければ、彼のような形でも社会貢献が出来るということは一般の学生さんは分からないですよね。

――そもそも、ゲームプログラマは一般の人から見えていないかもしれませんね。ゲームがどのように作られているかというのは(家電などに比べて)ブラックボックス化されている気がします。

皆川さん:広報担当の私に言わせて貰うと、そのような話は一般のお客様に「してはいけない」んです。ハード性能がウリになる商品とは違って、娯楽ソフトはあくまで「お客様が実際に我々の商品に触れてどう感じられるか」が一番大切で、社内でどれだけ努力して開発しているのか等はメインにお伝えすべきお話ではないのです。しかしながら、会社のリクルート上では確かにこれは大問題です。だからこういう場が大切なのですよね(笑)。まあ、仕事は自分で探すことが奨励される会社なので、技術系で入ったのに営業職をしている人もいます。柔軟性がなければやっていけない会社ですね。

――人が驚くような発想は、そんな姿勢から生まれるのですね。

皆川さん:まさか任天堂が体重計のような物を設計するとは5年前は皆さん思わなかったでしょう? だから、来年また全然違う発表をしても不思議ではないわけです。柔軟な発想でサービス精神をもって人を幸せにしてやろうという意気込みの人は、どうぞ来てください。ただ、他人がやらないことを探し続けてチャレンジするということは、実は大変なことなんですけどね。

――どのレイヤーにおいても、人を楽しませるということを大切にしているのですね。

皆川さん:そうです。ただ、10人中9人がやろうと言ったことでも、それが他の会社ですでにやられていることなら、やらないという選択肢を取るのが任天堂です。これは実に大変な事です。

一体どうなるのか分からないこと、どう商品として落とし込むかが分からないようなことを適宜処理していかないといけないのは大変ですね。しかし、ルーチンワークばかりやらされるよりも、クリエイターとしてはやりがいのある仕事だと思います。プログラマとしても、任天堂は面白い仕事が沢山ある会社なんだ、ということをいろんな人に知って貰いたいです。

未来の情報科学科生へのメッセージ
――では最後に、情報科学科の生徒へのメッセージや期待が有りましたらお教え下さい。

さきほど理系離れという話がありましたが、情報科学科に来る人というのはそんなことに関係なく、コンピュータが好きな人が集まっているイメージがありますよね。

――ですね。

少なくとも、私はそう信じています(笑)。
そんな皆さんの将来の進路として、情報科学の研究者という道を選び、学術的な進展を導いていくということはもちろん重要な役割だと思います。しかしもしも産業界で就職し働くということを検討されているのであれば、是非ゲーム業界を選択肢の一つとして入れていただければなと思っております。

――その心は……?

ソフトウェアエンジニアの就職先としてのゲーム業界というのは、多分日本で唯一輸入額より輸出額が大幅に上回っている国際競争力の高い産業です。Web技術のように個人技に近い世界で活躍するということも魅力的ですが、もしソフトウェアという物作りを通じて日本から世界へ影響を与えていくことに価値を感じるのであれば、家庭用ゲーム機という業界は良い選択肢だと思っています。

――作っているもの自体も面白いですよね。

大手のゲーム関連企業では情報系の修士を数多く採用していますし、弊社を含めて(数は限定的でありますが)博士を採用する企業もあります。入社した後でも新しく取り組めるネタが次々と生まれている分野ですので、やりがいもあると思います。
また、現在どんどんゲームの定義が広がりつつありますので、ゲーム業界以外に向かわれた皆さんとも、これからのお仕事の中で道が交わることもあるでしょう。ぜひ、ご一緒に世界中の人を笑顔にできるような仕事をしていければ、と思っています。

――なるほど。

とはいえ、ゲーム業界かそうでないかに関わらず、どんな職につくことになるかはその時になってみないと分からないと思います。本当に可能性の宝庫だと思うので、「自分はこれしかできない」と決めつけるのではなく、いろんな事にチャレンジし、よりよい未来を目指してほしいと思います。頑張ってください。

――ありがとうございました
インタビュー後の感想

自分が中学の頃からもっていた「自分の制作物で他人を喜ばせたい」という考え方を、清木さんも持っていたということはとても嬉しかった。しかしながらゲーム制作における「お客の喜びを考える」ことが必要になるレイヤーは、実際にゲームを作る部分に限らずもっと下層でも大切になっている、ということは見落としていた事であった。今までTSGや任天堂ゲームセミナーにおいて、ゲームを作る事における「客の喜びを考える」ことを主に練習してきたが、せっかく情報科学科という特別な場所にいるのだから、先述の分野にとどまらず、もっと下層なレイヤーにおいても同じ事を考えられるよう、視野を広めていきたいと思う。 (島村)