情報科学科の先輩に聞く!

現役学生OBインタビュー「先輩たちの仕事の原点」各界で活躍する先輩たちが教えてくれる“仕事の本質”

座談会トップへ戻る

夢の具現化 ― 「東大将棋」と「モルフォ」

株式会社モルフォ|棚瀬寧さん 平賀督基さん(情報科学科19期)
インタビュー年月日
平成20年 3月 18日
棚瀬寧  平賀督基
昔IS将棋というプログラムでコンピュータ将棋選手権においてアマチュアとして史上初の優勝を果たしその後パッケージソフトとして商品化された経験があり、現在は株式会社モルフォで働いていらっしゃる棚瀬さんのところにインタビューに伺いました。株式会社モルフォの社長で棚瀬さんの同期である平賀さんもご一緒にインタビューを受けて下さいました。
情報科学科4年平井洋一(萩谷研)・谷田直輝(平木研)
オーソドックスではない生き方をしている方のところへインタビューをしに行きたいと希望して棚瀬さんを紹介してもらう。ベンチャー企業とのことなので数人で狭いオフィスに籠もっているところをイメージしていたら、非常に立派なオフィスだったのでびっくりした。
インタビュー先
将棋プログラム作者で株式会社モルフォに勤めている棚瀬さんにインタビューしました。棚瀬さんの将棋プログラムは、昔「IS将棋」というプログラムでコンピュータ将棋選手権においてアマチュア史上初の優勝を果たしパッケージソフトとして商品化された経験があります。また、2008年5月に将棋アマチュアの現役タイトル保持者に初めて勝利する快挙を成し遂げた将棋プログラムの一つが棚瀬さんの「棚瀬将棋」です。株式会社モルフォの社長で棚瀬さんの同期である平賀さんもご一緒にインタビューを受けて下さいました。

インタビューの前にモルフォで行っている技術開発について説明していただきました。モルフォでは携帯電話向けの画像処理を中心に技術開発を行っているそうです。
印象に残ったのはワンセグ放送のフレーム補間です。毎秒15フレームで結構かくかくしているので、フレーム間を補間して滑らかにするというソフトウェアを開発されていました。普通に作るとPCでも難しい処理を、はるかに性能の低い携帯電話でしっかりと動かしているそうです。実際にデモを見せて頂いたのですが、非常にうまく動作していました。
画像合成プログラムも非常に面白いものでした。写真のように背景を固定したまま人物だけ重ね撮りできるようにするものです。
1.2枚の写真の手ブレを補正
2.画像の差分をとる
3.前景、背景部の推定
4.前景が消えないようにうまいこと合成
ということをしているそうで、3,4あたりがミソだそうです。同じ人物が2人写るようなデモで、「何が嬉しいのかな?」と思ったら、カップルが2人だけでツーショット写真を撮ることが目的だそうです。確かに、うまく合成されているので別人でデモをしてしまうと普通の写真に見えてしまいますね。「なるほど」と思いました。
会社の立ち上げ
T: たなせさん
H: ひらがさん

──みなさんは11年先輩なんですね。
──棚瀬さんがここで働いているのも、同期のツテと言っても間違いではないのでしょうか。
T: そうですね、そのつながりが無ければこの会社は知りませんでしたから。
平賀が、同窓会の行事をきっかけに同期のメーリングリストに入って、こんな会社やってますーというメールを流したので、この会社を知って入ってきたわけです。

──情報科学科時代から現在に至る人生はおおまかにどういう経緯なのですか。
H: 博士を出て、某ベンチャー企業に1年ちょっと勤めたのですが、嫌になってやめて、食うに困るので会社を作ったという流れですね。

──食うに困ったからって、会社を作れちゃうんですね。
H: 作れますよ。作るのは簡単で、つぶすのも簡単だと思うんです。
T: だって何もないときに東京大学のベンチャーキャピタルが出資してくれたんでしょ。
H: なんにもなかったわけじゃなくて、デモがあった。
2004/5に設立。エッジキャピタルという東大のベンチャーキャピタルから2004年9月に融資を受けました。
実際の製品が市場に出るには会社設立から2年くらいかかっています。

──デモの段階から製品までってどういうところに苦労されたのですか。
H:まず、最初に困ったのは、何を作ってどこに売り込めばいいのかよくわかっていなかったところです。
学生時代から映像製作系の仕事をしていたので、会社を作ったときには、同じ方面の仕事をする会社にしたいと思っていたのですが、お客さんが十分にはいませんでした。
一人で食べていくには十分だが、会社として回していけるほど、お客さんがいなかった。

──映像製作系というのはCG(コンピュータグラフィクス)に関係したお仕事を学生時代からしていたのですか。
H: CGのツールを作ったり。
そもそも日本にCGで映像を作るという市場規模があまり無いのです。
ハリウッドに行けば十分あるのでしょうけれど。
そうこうしているうちにベンチャーキャピタルの人に怒られて、
どうするつもりなんだ、と。
しかたがないからお金になることを考えますと言って、手ぶれ補正を考えて。
PCでデモを作って売り込んだのですが、PCと携帯電話は違うので、ほんとうに携帯電話で走るのというところを疑問視されました。
携帯電話の上に手ぶれ補正を実装するのに1年くらいかかって、携帯電話って採用が決まってから実際の製品が出るまで1年くらいかかるので、最初の2年くらいかかりました。
T: 僕は、パソコンしかやっていなかったので。最初はほんとうに大変ですね。苦労する
H: PCで画像処理で稼げているのは最大手の一社くらいで、あそこまでのものを作ろうとすると何人が何年働けばいいのだろう。
T: 携帯の面倒さを乗り越えるのが競争力になるわけです。
H: 画像処理というのは華やかなイメージがあって研究者もたくさんいるので、画像処理の技術だけで競争していくのは厳しいと思いますね。
T: 曲がってばかりなので紆余曲折はしていないですね。最近は比較的まともになりましたけれども。普通の人っぽいというか。
パッケージソフトへの憧れ-- 将棋ソフト
──大学出たころどうだったんですか。

T: 大学院のころソフトが売れちゃったので、生活に余裕があって、
ぷらぷらしていました。
特に働かなくても大丈夫か、というのがあって、特に危機感を持たないまま、好きなことばかり。
就職もモルフォで2社目ですね。
最初の就職は27くらいのとき。そのときは1年でやめましたし。

──前の会社をやめてからモルフォを知った
T: はい。ぷらぷらしていました。将棋で収入があるので、特にお金になるソフトは書いていないです。
ネタはないかと思っていろいろやってみたのですが、個人でソフトで稼ぐのは難しいですね。

── 一番最初に将棋のソフトを書いたいつのことですか
T: 大学4年です。
その一年間はそんなに真剣にやっていなくて、一年たった段階では弱かったです。
将棋の選手権に出たのですが決勝にも出られなくて。
大学院の最初の一年は一生懸命やって、次の年に優勝したら、わっと製品化の話がきて。

──平賀さんは修士の最初のころは何をしているのですか
H: ぜんぜん記憶にないですね。
T: 僕ほど記憶に残っている人は珍しいですね。たぶん。
僕のときは最初から製品化が夢でした。パッケージソフトに対する憧れがあって。
いまだと秋葉原に行っても、うゎーとパッケージソフトが置いてあるソフト売り場ってあまり無いと思うのですが、昔はPC用のパッケージソフトばかりでフロアを占めているようなお店があったわけです。
当時はパッケージソフトにもっと夢がありましたね。憧れて。
自分のソフトが出たときは、秋葉原中まわりましたね。
当時は自分のソフトが置いてあるところが何十軒とありましたね。
二巡目、置いてあったはずなのに無くなったなー、とか言って。
いまは、パッケージソフトはつらいですね。
いまでも、売れてはいるのですが、売り上げ構成は変わりました。いまではゲーム機向けが多いです。

── ご自身は将棋はけっこう強いのですか
T: そのへんの人よりは強いですけれど、ふつうのアマチュアの目標っていうと県代表とかなんですが、そういう人達には全然かなわないですね。たとえば東大将棋部とかに行ったら全然かなわないです。

── 作ってらっしゃるソフトのほうがご自身よりも強いという
T: それはそうですね。

── どのへんを改善したら強くなるのかというのは
T: それはわかるんですよ。コンピュータはいびつなんで僕よりも明らかに弱い部分があることもあるので、家で学習させている成績を見て、プロの指し手との一致率を見てみる。
で、少し改良を加えることによって一致率が上がるかどうか見ると、
その改良の意味があったかどうかわかるという方針でいまはやっています。
プロとの棋譜との一致率が上がれば強くなっているのだろう、と仮定してやっています。
── 昔は
T: 他のソフトと連続何百試合とかやって、面倒なので最近やってないですね。
未来と目標
── 学部生時代とか修士の時代とかに今の生活は想像できていましたか

TH: できていなかった。
H: 五年後も予想できない生活を送ってきました。
会社を作ったときでも、いまの状況の予想はできていなかったですね。

── あるところで棚瀬さんについて「流しのプログラマ」という形容を聞いたのですが
T: 流しっていうと、パソコン抱えて、あちこち回って戸を開けて顔をのぞかせ、「いかがですかーいい将棋ソフト書きますよー」ってやるんですかね(笑)。
たぶん僕みたいなのは珍しいんです。パッケージソフトがこんなに売れたのは珍しい。特殊な例です。
僕で最後。

── 5年後のことはわからなくても、なんとかなるだろうとおもってやってらっしゃるわけですか
H: 5年後こうありたいと思ってやっていても、どうせ5年経ったら思った通りにはならないので。

── できなかったり、できて当り前になっちゃったりするわけですか。
H: ええ。1年くらいの目標はかなり明確に立てています。学生のころから僕はそうです。

T: ぼくもそういう生き方をしようと最近思っています。
昔はそんなことはあまり考えませんでしたけれど。

H: 目標設定が低すぎてもやる気が出ないし、高すぎても現実味が無いし。

── 1年後の目標は
H: この会社をIPOさせる。
T: ぜひやってほしいですね。
H: こんなに人がたくさんいるのはIPOさせるために必要になっている面もあります。
上場を目指していないならば、ここまで人を増やさないで済んでもっと利益を上げられるでしょうね。
そういう意味でオーバーヘッドがあります。

── たなせさんがしている仕事は
T: さっき見せたやつ(社内で名前を募集中)とか。
簡単に思われちゃうけどけっこう難しいんです。
あと、いま、ある会社と共同研究をしてて、大学にいたときのような仕事をやっています。

── それも機械学習で全部やるんですか?
T: そうですね、基本的に。


── グラフィクスのことを始めたきっかけというのは
H: 花博で、ネルソン・マックスという人が作ったUniverse 2という映画があって、僕がそれまで見た映像の中で一番すごいのだったんです。どういうのかというと、プラネタリウムみたいに半球面の内側に映像が映写される。
液晶シャッターグラス(左右の目にタイミングをずらして光が通る眼鏡)をかけて、全天周大画面で3Dの映像が見えるという。
それで、サイエンスの解説映像が。
いつかああいう人に感動を与える仕事をしたいな、と。
いまは画像処理ですけどね。
学会に行ったときにネルソンマックスにサインをもらいました。
会社の名前
── モルフォというのは名前の由来は

H: 僕はもともとCrystal Gazerという名前がよかったんです。英語で水晶占い師。で、似た名前のミネラルウォーターがあるので、会社で大きくなって研究会に出たときにはそのミネラルウォーターを無料で配ろうというストーリーまで立てていたのですが、「馬鹿じゃない」と言われてしまいました。
T: morphologyとかmorphingとか。
H: よく外国向けに言っている話は、morphingという言葉とphotographという言葉を組み合わせた、という後付けの説明ですね。
T: PascalとかBASICの名前みたいな。
H: もともとギリシャ語で、美しいとか形とかそういう意味があるので、いまの会社にはあっていますね。
T: Crystal Gazerよりは覚えやすいですね。
情報科学科の思い出
── 情報科学科って何がよかったですか
H: Unixがいじれるのがよかったです。
T: 今では他のところでもいじれるのかな。
今でも、(中途半端なところではなかなかお目にかかれない)Sunのマシンが動いていたりするの?

── あ、はいたくさん動いています。
T: 端末室はどうなっているの?

── 端末室に端末が無いんです。LANだけ出てて、一応クラスタがあって学部生も使えるんですけど、基本的な作業はみんな手元のラップトップでやる感じです。
T: Laptopは全員に支給されるの?

── はい
H: 勝手にOSとか入れ替えてもいいの?

── あ、そういうことです。好き勝手に使うべし、と。
H: 公に、プログラミングだけやっていれば卒業できるのが嬉しかったですね。
T: あと、周囲に達人がたくさんいたので、自分のプログラミングも周りの人から学んだ面が強いです。将棋ソフト自体も学科の人達と一緒に作り始めました。
商品化に短期間でいけたのは、彼らの力が大きかったです。

── 一緒にというのは同じものを作り始めたんですか、競争ではなくて。
T: 一つの将棋ソフトを作り始めました。
飲み屋で盛り上がって、そのまま。
一人は、すごく優秀な人でしたが、インタフェースだけやってくれました。
さすがにすごく早かったです。
1998年の3月くらいに選手権で優勝して、
8月に発売できたんです。
あれだけ早く製品化できたのは、彼がWindows用のインタフェースを書いてくれたのが大きかったです。
T: 彼の伝説は、X Windowを

── motifとかですか。
T: いや、motifとかなくて素のX Windowを、マニュアルを見ずにたたけたという。
メニューとかも全部手作りで。
H: うちの学年に、QVWMを作った人がいましたね。
Windows 95を模倣したwindow manager.

── あと19期というと
H: 当時は、大企業に9割くらい行ってました。
T: いまも日本に優秀な学生の受け皿はあまりないのかも知れませんね。

── 現役の情報科学科の学生になにかメッセージはありませんか
H: 学校の勉強というか課題以外に、なにか勉強したほうがいいと思いますね。
そういう経験がかなり今に通じていると思います。
完全に課題と授業で簡潔させるよりは、自発的に、なんでもいいので。
T: いまの情報科学科の学生はなにをやっているのかな。

── 元気な人は元気ですよ。すごく。
T: 僕はあんまり優等生じゃないんで。
パッケージソフトという夢がありましたからね。
いまのひとにはわからないかも知れませんが。
インタビュー後の感想
棚瀬さん・平賀さん、それぞれパッケージソフト・CGに対する憧れについて語ってくださりました。棚瀬さんは「東大将棋」という形で、平賀さんは「モルフォ」という形でともに夢を実現されており、非常に生き生きとされていたのが大変印象に残りました。
また、棚瀬さんから
『将棋ソフトで今よりもっと他の開発者から「どうしてこんなに強いんだろう?存在自体が信じられない」と思われるようなものを作りたいです。将棋に限らず、ソフトウェア開発者として周りにそんな風に思われるのはこの上ない名誉だと思っています。そして、もし将棋ソフトが最強の人類を超えることがあるならば、それは絶対自分でありたい、という思いもあります。』
というコメントを頂くことができました。是非頑張っていただきたいと思うとともに、自分たちもしっかりとした目標に向かって邁進したい、と思いました。