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4自然言語処理と研究者

研究の「流れ」をつくれ

自然言語処理は、問題意識やアイデアの共有がたいせつな分野。孤高の研究者になるのではなく、せっかくの研究を大きな流れにしたい。

長く海外で研究を続けてみて、日本の研究者に伝えたいことはありますか?

日本の研究者は、どこか自分のアイデアや研究へのモチベーションに思い入れがあって、ヨーロッパや米国の流れに乗ろうとしないところがあります。彼らの先端の研究にちょっと工夫をして論文を出すのはわりと楽。だけど、そんなもの真似はいやなんですね。日本人の研究には品格を感じます。ただ、良い研究ができて、トップノッチの国際会議に論文を通して、世界の研究の流れを作っていくところまではいっていません。特に最近、国際的な舞台での日本の研究者の存在感がなくなってきています。

それは、どうしてなんでしょう?

僕らの研究分野、自然言語処理や自然言語理解は、問題意識やアイデアが先行する分野です。もっとハードウェアに近い分野、たとえば物性の分野なら、従来より格段に速度が速い素子ができたとか、素子のサイズを大幅に小型化できるといえば、その価値は明らかでしょ。だけど自然言語処理はすごくたくさんの問題の集まりで、その総体を解決することはできません。そこで、ある側面から問題を切り取って研究していくことになります。

自分はこういうふうに考えている、これを解かないといけない、こういうふうに解いたというふうに、問題意識、研究のモチベーションを理解してもらうこともたいせつです。影響力のある研究には、こういう解くべき問題をうまく切り出す論文が存在します。苦手でもこういう問題意識を論文に書き表し、論文を繰り返し発表して、他の研究者を説得することも重要です。こういったことは、1篇の論文ではできませんし、ひとりの研究者だけでできるわけでもありません。

米国やヨーロッパは、いくつかの研究グループが共通の問題意識を共有して研究して、流れを作っていくのが上手です。研究者どうしが話す機会も多いので、新しいことでも背景や考え方がなんとなく伝わって研究の大きな流れになっていきます。

だけど日本のグループは、こういう流れを作らずに、自分がよいと思う結果がでたときに論文を書く。それも、英語での論文は一遍だけということも多いでしょ。新しいことがぽつんと出ても、問題意識が共有されていないと何を言っているかわかりません。

やっぱり、英語で論文を出し続けたり、問題意識を共有している仲間がほかの国にも何人もいるような環境を作れると、自然と流れができるんじゃないかな。そういう流れを作ることも、僕が中国に行く動機のひとつということかな。話しているうちに、そういう気になってきました(笑)。

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