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理論が紡ぐ夢ある話

自然は計算している

そうやって「計算」のモデルを考えてみると、計算機の姿はいまある形に限らないんですね。

今井:いまある計算機が最終形じゃ、つまんない(笑)。
アメリカでは、リチャード・カープが「Nature is Computing」ということを言っていますね。

萩谷:それは、計算とか情報の視点から自然をとらえる、ということなんです。自然現象を物質とエネルギーからとらえるのが、物理の基本的な考え方ですよね(→「情報を失う計算はエネルギーを生じる」参照)。そうではなく、自然現象の中で情報がどんどん流れて、処理されたり、蓄えられたりしている点に着目して、研究しているんです。

量子力学や量子現象のなかにも、情報のたたみこみや並列計算の側面を見出すことができます。これは、今井先生の専門ですね。

今井:量子現象をうまく利用して、いままでできなかったような計算を可能にしようというのが、量子計算機ですね。いまのコンピュータは大規模集積回路(VLSI)で実現されていますが、VLSIの実装はどんどんミクロ化していて、量子力学の支配するナノ物理の世界に肉薄しつつあります。それをポジティブに使って、量子力学原理で動くコンピュータを作ると、たとえばいまのコンピュータでは難しい整数の素因数分解(暗号システムでものすごく重要!)が簡単に解けちゃうんです。量子不確定性原理に基づいて情報科学を展開すると、究極の安全性を有する暗号理論もできますし、現在、実際にそのシステムを作って楽しんでます。

萩谷:実は生物の細胞も、外部からの多様な刺激に反応していろいろな情報処理を行っています。細胞の集まりである生物は、1つの超並列計算システムと見ることができます。

情報科学と生命科学が融合して生まれたバイオインフォマティクスやシステム生物学の分野では、細胞内の反応をモデル化して予想する研究が盛んになっています。たとえば、iPS細胞はどんな細胞にも分化できるもので、適切な薬をふりかけて神経にしたり肝臓にしたりすることができます。そこで、細胞中の分化の機構をモデル化してシミュレーションを行い、最終的には、細胞の分化を自由に制御することが研究の目標となっています。

情報を失う計算はエネルギーを生じる

「計算の物理」が盛んに研究されていた70年代、その中心には「情報を失う計算はエントロピー的にエネルギーを発生する」というランダウアーの原理がありました。たとえば、回路のAND素子は2つの入力に対して出力が1つなので、そこで1ビットの情報が失われます。この失われた情報分のエネルギーが消費されてしまうので、「計算にはエネルギーが必要になる」というのです。

 そこで、現在では量子計算で有名なベネットは、情報を失わない可逆計算ならエネルギーを使わずにできるのではないかと考え、DNAの転写反応をモデルにした仮想的な分子機械を考えました。平衡状態で可逆的に動けば、ほとんどゼロのエネルギーで計算できるというものです。

 その後、エーデルマンが実際にDNAで計算可能なことを示し、並列計算の観点とともに消費エネルギーも注目を集め、生物分子計算の端緒となりました。

100万台の計算機で並列計算

自然に計算させる話の一方で、須田先生のように、計算機を大量にかき集めて並列計算させる研究もあります。コンピュータが雲のように広がっていて、理想的には使い放題!(笑) そこで行われたモデル化の話を聞かせてください。

須田:並列計算では、いろいろな仕事をたくさんの計算機に割り当てて計算させるのですが、そもそも仕事をどの計算機に割り当てるかが難題なんです。

候補となる仕事の割り振り方が、あっという間に天文学的数字になってしまうので、どの方法が良いかを真面目に比較すると、たいへんな時間がかかります。計算を速くするために並列計算をしようとしているのに、仕事の割り振りを決めるのに時間がかかっていては意味がありません。

そこで、問題の本質は壊さずに、簡単に表現できるようなモデルを工夫することがポイントになってきます。

実際にはどんなことをしているんですか?

須田:たとえば、実際の仕事の量は整数単位なんですが、計算では実数を使用したり、いろいろな制約条件を数式で表現したり、といったこともそのひとつです。このように、本質を変えないようにしながら、数学の世界でたやすく扱えるようにモデル化し、やりたいことが現実的な時間で解けるようにします。

いったんモデル化を経て検証をしておけば、ここまではうまくいくと保証付きです。理論屋が作るシステムの強みですね。

めぐる抽象化 <記号化した世界が現実世界になり、再び抽象化の対象になる>

今井:萩谷先生は、暗号の実装に「論理」の側からアプローチをしていますよね。

萩谷:暗号をモデル化したとき、暗号に対する攻撃者をどのようにモデル化するかということを考えたりしています。いったん抽象化してできた記号の世界もまた、計算機で扱ったとたんに現実世界となり、解析とモデル化の対象になるんですね。

暗号は、計算時間を無限に使えば必ず破れます。攻撃者は懸命に計算機を回して暗号を破ろうとするので、現実世界の暗号に対する攻撃者をモデル化するときには、計算時間を限定し、暗号の強さを評価します。

また、あてずっぽうでパスワードを当ててしまうこともありますから、その確率がどれくらいかを保証しなくてはいけません。そこでモデル化に、これまで扱ってこなかった計算量と確率の理論も取り込んでいくことになります。

モデル化という観点から見ると、暗号はとても魅力的な分野のひとつです。なにしろ難しいですし(笑)。最近は、人がゲーム理論的に効率よく動くときには安全、などという理論も出てきました。

世の中が変化すると、いままでのモデル化の範疇ではできないことが現れるのですが、それはおもしろいし、うれしい。それを埋めるようにモデルを拡張していけるところが、理論屋にはおもしろいですね。

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