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知能を継ぐもの—科学から空想へ

なんだか、雄大な話になってきました(ほくほく)。コンピュータの源流には人工知能への夢があったわけですが、では人工知能をつくるまでの道のりはどうでしょう?

えっ?

ほら、そうするとこのインタビューが壮大になるじゃないですか(笑)。

壮大……だよ。

それはねえ、言うと笑われてしまうなあ。でも最近、僕は、宇宙に行かないと、人工知能は完成しないんじゃないかと思っているんです。太古に生物がでてくるとき、いろんなバリエーションがありえたはずなんです。だけど、どこかでいまの生物につながるものだけが残った。やっぱり、ある系統が強くなると、別の系統はつぶれてしまうわけですね。同様に、人間がいるかぎり、機械の知能はでてこれないのではないか。

機械が人間の1万倍くらい速い思考で知能が発達して、あるとき人間を凌駕するということはありませんか?

おそらく発達するんだけれども、人間が地球を支配しているかぎり、機械がそうなることを許さないんじゃないでしょうか。そうなると、機械は人間が思っている範囲のことしかできません。そこからは本当の意味の知能は育ちません。

SF的な話になっちゃうけれど、人間が行けない宇宙に機械を持っていく場面になったとき、はじめて機械の知能が本当に自立して育っていくのではないかと思っています。

宇宙に出る機械……それはいまのコンピュータじゃなくてもいいんですよね。

ええ。ひとつ、ヨタ話があるんですよ。やがて太陽系もなくなります。太陽が膨張して。だから、いまの地球上の文明をほかの恒星系に移せるか、はたしてそれは可能なのか、いったいどうしたら可能か。そういうことを真面目に考えるの、面白いんです。

体は持たずに、思考だけ持って出る?

うん、それはあり。でも、次の恒星系に行くのに、光速で100年とか千年とかかかるわけです。まず、恒星間飛行に耐えられる記録媒体は何か。たとえば、DVDじゃだめでしょ。

で、目指す星に着いたとき、どうやってそこで文明を再構築するのか。そうすると、シリコンを持っていったほうがいいのか、DNAのような生体分子を持っていったほうがいいのか。まあ、そういう現世離れしたことをときどき考えます。

伝えたい、届けたい、記録を残したいというのは、人間がもつ本質的な願望ですね。せっかくもっているものを、ぜんぶ誰かに渡さずにおれるものか。

それは生物の本能、人間の本能としてあるでしょう。それがないと、文明はそれでなくなって終わりなんですよ。貪欲な文明だけが、宇宙に生き残っていく。

お話を伺っていると、一貫してコンピュータの上に生命体をつくるということに関心があったわけですね。そうして、知能をつくる条件を考えると、人間の手の及ばないところに持っていかざるをえない。

どこかにシンギュラリティー思想があるんですね。技術特異点―思考できる機械がいつか実現するのではないか。そういう期待があります。

地球の人口は、全体的に少なくなっていくという予想があります。日本と同じように、やがては中国やインドの人口も少なくなっていくんじゃないでしょうか。それは、次の知能の担い手が人間ではなくなっていくということを暗示しているのではないでしょうか。人間の数は少なくなり、コンピュータの数は増えていく。いまは人間が知能を背負っているけれど、人工知能は人間の知能の次の担い手ではないか。それがどういうふうに実現するのか、興味があるんですよ。それは何百年も先かもしれないけど、そんなすごく大雑把なことを考えます。そういう話、好きなんです。

理論で深い話……ではなくなっちゃいましたね。

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