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チューリングの話

今日は、「理論愛好家に贈るコンピュータ科学の裏にある深い話」をお願いしたいんです。先生、ヘンなものが好きじゃないですか。研究室紹介に、「怪しい」とか「アブナイ」とか書く東大の先生は少ないですよね。

そうですかね。でも、基礎的なところはいっしょじゃないですか。役に立つ話も、怪しいあぶない話も。発展した先が違うだけですよ。ええ。

「理論愛好家に贈る」ということですが、理論が好きな若い人だったら、たとえば蓮尾さんがやっている圏論が面白いんじゃないかな。抽象代数をものすごく抽象化したようなものなんですが、抽象的な定義を積み重ねて、さらに抽象的な定義自体を抽象化していく。そのような抽象化を自分でどんどん発展させていく楽しさ、さらに、その結果をいろいろなものに当てはめてうまくいく醍醐味があるんです。

では、圏論のほうは応援をお願いしてみましょう(「圏論は数学をするための「高級言語」)。先生には、チューリングのお話をお願いできますか。チューリング、お好きですよね。魅力はどういうところにあるのでしょう。

 チューリングというと、コンピュータ分野の人はプログラム実行のモデルとなったチューリング機械を思い浮かべるでしょう? でも実は、チューリングの研究はとても広い分野にわたっていて、その発展、流れがすごいんです。
 チューリングは最初、チューリング機械の理論をつくっていたんです。それはなぜかというと、「計算できること」と「計算できないこと」を区別して、どういうものが計算できないのかを理論だてたかったから※1
 そのとき、チューリングは、人(数学者)が計算するという行為はどういうことなのかという根本にまで遡って考えたんです。そして数学者をモデル化したのが、チューリング機械※2だったわけです。
 だから最初は、「計算できること」というよりはむしろ、「計算できないこと」とはどういうことなのか、それが研究の対象だったんですよ。

チューリング機械

記号の列が記録されている無限の長さのテープと、テープの記号を1つずつ読み書きできるヘッドを備えた機械がある。この機械は状態遷移機械(オートマトン)になっている。機械がヘッドから記号を1つ読み出すと、それに応じて機械の状態が変化するとともに、テープに上書きする記号と、ヘッドの位置を右もしくは左に動かす指示を出力する。以後、機械が停止状態に到達して停止するまで、この動作を繰り返す。これは、メモリ上のプログラムを逐次読み出して実行していく現在のコンピュータの原形といえる。

第二次世界大戦が始まると、ドイツ海軍が使用していたエニグマ暗号を解読するために、そのためのコンピュータ(暗号解読器)を作ることになります。そして戦後は、汎用的なコンピュータの開発に携わります。こんどは、計算をするということに関して、理論というよりは技術を開発していったんですね。

さらに、そのようなコンピュータが知能をもつとはどういうことか、それを考察します。これが有名なチューリングテストです。

その後、チューリングは、生物の形態がどのようなメカニズムで形成されるかに関心をもつようになります。それが、最後の研究となるチューリングパターン※3です。

最初は計算できないことに興味があり、次に、計算できること、計算する機械をつくることに興味が移り、そして、機械が人間を超えられるかに興味をもち、最後は、そのような機械をつくりだした人間や生物に興味をもつに至った。生物学者は、チューリングというとチューリングパターンを思い浮かべるんですよ。人工知能学者はチューリングテスト、論理学者はチューリング機械の理論、コンピュータ科学者は初期のコンピュータを思う。

多彩な研究だったんですね。

そうなんですよ。研究にストーリーがあって、そこにとても惹かれます。チューリング生誕100年ということで、ヨーロッパではすごく盛り上がっているようなんですが、日本ではいまひとつなのが残念です。

※1:1931年、誰もが認める公理の上に定理の証明を積み重ねることによって、数学の完全な世界を築き上げようとした代数学者ヒルベルトの夢は、ゲーデルの不完全性定理によって崩壊の危機に瀕していた。チューリングはそのような背景のなかで、計算できるものと計算できないものを区別するためにチューリング機械の理論を考えた。

※2:チューリング機械は、あらかじめ用意した手順を順に計算していって、計算し終わると止まる。ところが、計算が永遠に終わらないケースがある。どんなチューリング機械をもってしても計算が止まらないケースが残ってしまうような問題は、計算不能と呼ばれる。

※3:チューリングは、一定のアルゴリズムによって生物の体表模様や組織形状が形成されるのではないかと考えた。アルゴリズムにパラメータの変化を与えて、シマウマの縞模様、キリンの網目模様などをつくりだすことができる。

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