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図形に目覚めたコンピュータ

今日は、CGの分野について、西田先生がやってこられた研究をまじえて紹介してください。

そうですね、コンピュータグラフィックス(CG)の始まりはサザーランドが1960年初頭に発表したスケッチパッドシステムに遡るんです。スケッチパッドシステムというのは、ペンタッチを使った対話的な操作でディスプレイに図形が描けるようにした、いわばCADのようなもの。それまでもっぱら数値の計算に使われてきたコンピュータが、はじめて図形を扱うようになったんですね。

その後、コンピュータの性能が上がって価格は劇的に下がり、CGには魅力的な応用が開拓されていきます。図は、CGのいろいろな分野をまとめたものです。僕が作ったから、ちゃっかり僕の分野がまん中になっているけれど。

西田教授が見たCG分野

形状モデリング、レンダリング、それからアニメーションが僕の得意分野です。レンダリングというのは、形状モデルに光と視点を考慮しながら画像を描画することです。ユーザーインターフェイスは五十嵐健夫先生が、可視化は高橋成雄先生が、顔認識などの応用を持つ画像処理は池内克史先生が専門です。

西田先生がCGの研究を始めたころの様子はどうでしたか?

僕は、大学4年生だった1971年からコンピュータで画像を扱う研究を始めました。海外では、すこし前の1967年にACMにSIGGRAPHというCGの分科会ができていて、1974年から毎年SIGGRAPHカンファレンスが開催されるようになりました。ちょうどCGの勃興期に立ち会えたかたちです。

〈タイプライタの重ね打ちで表現した陰影〉タイプライタ式のプリンタを使い、「M」と「W」の重ね打ちで濃色を、「O」などで中間色を表現した。

1970年ごろは、コンピュータがとても高価だった時代で、まだカラーディスプレイやカラープリンタはありません。僕は陰影の計算アルゴリズムを考えていたんですが、濃淡はタイプライタの重ね打ちで表現していました。コンピュータで図形を描くことに強烈に惹かれて思いついたことをしゃにむにやっていましたけど、周囲は高いコンピュータで絵を描いて何を遊んどる! という雰囲気でしたね。それで、照明のシミュレーションを照明設計に役立てるという工学的な名目で研究していたんです。

僕は大学を出たあと会社勤めをしていたんですが、日本ではじめての試作品のラスタスキャンディスプレイが大学に導入されるというので、会社を辞めて大学に戻りました。ディスプレイはすごく安くなったから、いまじゃ信じてもらえませんよね。

それを使って、何をつくったんでしょうか?

ソフトシャドーといって、ぼんやりした影をつくりだす方法です。初期のころは、点光源や太陽光源さえあれば光と影は表現できると考えられていました。そうすると、光の当たらないくっきりした影ができるんですが、実際には蛍光灯の光源は細長い線状だし、窓のあかりは広くて面積があるでしょう? だから、光があちこちから回りこんで、ぼんやりした影をつくるんです。

〈線光源を考慮したソフトシャドー/1982年〉蛍光灯の照明がつくるぼんやりした影をシミュレーション。

誰でも気付くことですけど、どうしたらそれを計算できるかは誰もやっていなかったんですね。それで、つくったものをボストンで開催されたSIGGRAPH 82に出展したら入選して、感激しました。それまでちっともウケなかったから。それにその賞は、技術ではなくアート部門だったんですよ。

〈床や壁からの乱反射を考慮したラジオシティ法/1985年〉物体からの乱反射もCGには大事だということを示した。

その後のラジオシティ法では、床や壁からの相互反射も考慮したアルゴリズムを考えました。面積のある光源、物体からの乱反射を考えると、CGはずっとリアルになります。

コンピュータは遅かったけれど、どうすればもっとリアルな画像をつくれるか、いかにして実用的なスピードで計算するか、SIGGRAPHではみんながアルゴリズムを競っていました。曲面のレンダリングも、そういった問題のひとつです。

曲面をベジエ曲線の集まりで表現する方法があるんですが、3次ベジエ曲線にレイの計算をすると1つの点を描くたびに18次方程式を解かなければなりません。あまりにもたいへんなので、曲面を小さな多角形の集まりに近似して計算する方法がよく用いられていました。でもやっぱり、曲面は曲面として計算したいじゃない? それで、ベジエクリッピング法という方法を考えたんです。この方法は、どのポイントも安定して速く計算できるので、いろいろなところで使われるようになりました。

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