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技術的飛躍と「動かないコンピュータ」の関係

先生はコンピュータ開発の失敗事例を収集されているとか。「失敗学」を研究されているのでしょうか? 以前に、技術が大きく飛躍する変わり目でコンピュータ界にたくさんの墓標が立ってきたと伺いました。

私にコンピュータ開発の黒歴史を語らせたら、いくらでも出てきます。私も黒い計算機を作りましたし(笑)。確かに、技術が飛躍する前の変わり目に失敗する例は多いのです。

たとえばIBM Stretchは、パイプライン処理、命令プリフェッチなどの新しい仕組みの数々を実装し、計算機史上のマイルストーンとして位置付けられています。でも、性能が設計目標の半分にとどまり、それに比例して予価の半額で販売されました。結局、2台目以降が販売されることはありませんでした。商業的には大失敗です。

ETA SystemsのETA10は、初期の並列計算機として名高いものです。8プロセッサを搭載し、液体窒素で冷却しながらCMOS回路を高クロックで動作させるという無茶ぶりでした。しかし、ついにこのシステムは並列では動作しませんでした。ハードウェアとソフトウェアを擦り合わせて並列動作させる経験がなく、冷却の問題も最後まで尾を引いたのでしょう。

Intel Itanium2は、プロセッサとソフトウェアの協業によって性能を出そうとしましたが、開発が遅れている間にハードウェアの進歩が上回り、それを補うために設計が大規模化してさらに遅れ、結局、市場でポジションを得られないまま退出していきました。

このほか、共有メモリ、トランザクショナルメモリと、計算機に新しい手法を導入するたびに墓標が立ってきたんです。その一方、1970年代に商業的に大成功をおさめたCRAY-1というスーパーコンピュータは、従来の論理回路を踏襲し、冷却装置だけを刷新したものです。よく知られた手法に改良を加えて、比較的手堅く「動くコンピュータ」を作ったといえます。

でもね、手堅くても、同じ技術のお化粧直しだけでは大きな性能の飛躍を望めなくなり、開発力も落ちていきます。ブレークスルーとなる基本技術は開発が遅れることも考えられるし、最初は失敗することもありますが、失敗もその経験を糧にして次の成功につなげられれば価値がある。

このような失敗から学べることとは?

設計力というのは、大きく飛躍できる手法と手堅い手法のトレードオフを量りながら組み合わせる力なんです。そのためには、ブレークスルーの大階段に挑戦しつつ、他方で階段のギャップを埋める手堅い技術を手持ちの駒としていくつも持っていることが大事です。飛躍する技術ができるまで2、3年持ちこたえられなければ、商売がばったり倒れてしまいますからね。さっき話したような、高級化や高度なマイクロアーキテクチャは、その手持ちの駒になります。

最近の半導体の分野では、メモリの積層がやっと出てきましたが、いちばん最初に出てきて有望だといわれたMicronのハイブリッドメモリキューブ技術は敗退し、SAMSUNGとSK hynixの広帯域メモリ(High Bandwidth Memory:HBM)に取って代わられました。持ち駒が豊富でいざというときに代替できる技術があったわけですね。それもうまくいかなかったら、普通のDRAMを使って近いものを作れるように考えておくわけです。

日本は過去、これと思ったひとつの技術、たとえば半導体の技術進歩に賭けてきたところがあります。そういうギャップを埋める技術、うまくいかなかったときの退却路となる技術が薄かったのですが、ようやく情報科学的な埋める技術が認められるようになってきました。

というわけで、コンピュータのこれからの20年は悲観したものでもないと思うわけです。どう?

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